鱗詞

□鱗の話
2ページ/8ページ

裸足の魚の話

 朝目が覚めると、隣に裸足の魚が寝ていた。確かに昨日の晩眠った時は独りであった筈なのに、今見れば横に裸足の魚が居るのである。起こすべきなのかそれとも何も無かった様にまた眠りに就けば良いのか分からない。分からずに途方に暮れて居ると、ムショウに腹が減ってきた。
 見ればこの魚はなんと丸々肥って居るのか。シッカリ脂ものって居るのであろう。考えれば考える程に旨そうである。しかしいけない、この魚は裸足なのである。裸足の魚など食べた試しが無いのでどうにも気味が悪い。
 喰うべきか否か。迷っている内にようやく魚が目を開けた。しかしナニブン魚なので、なんと声を掛けていいものか分からない。すると魚はこちらの考えを読んだのか、そのぱっくりとした口を開けて話し始めた。
 やあ驚かせて申し訳ない、実は自分は貴女の前世の夫である、自分の前世での嫁が一体どんななのか、気になって見に来たのだ。
 はてそう言われても、である。裸足の魚などに嫁いだ覚えは無いし、これから嫁ぐ予定も無い。しかしこの魚、ガタイが良いだけあって頭も堅そうである。仕方ないのでしばらく一緒に暮らす事にした。
 と、軽い気持ちで同居を始めたが、なにしろ魚とヒトである、これが中々大変だった。魚は私の顔を見るたびあれをしろこれをしろと煩いし、私はと言えば魚を見る度腹が減って仕様が無い。
 ある日遂に耐えきれなくなって魚を捕まえた。鍋にそのまま突っ込もうとする私に魚が言う、夫である私に暴力を振るうなど許された筈も無い。冷静になって考えてみなさい、道徳的に考えて貴女と私のどちらが正しいのか。
 そこで私は冷静に考えた。私はこんな裸足の魚に嫁いだ覚えは無いし、これから嫁ぐ予定も無い。道徳的にもよく考えてみた。がしかしまず魚が裸足である事からして理にかなっている気がしない。しっかり色々な方面から考えたが、私も人である。考えるのには脳味噌を使う。脳味噌には栄養が必要である。……

 前世の夫よ。この日の晩御飯が丸々とした魚の煮付けであったのは、そういう事情があったのだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ