『紅蓮の月』
□プロローグ
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横たわるレバインの額には、大量の汗が吹き出る。景は、水を含ませたタオルで、彼の汗を拭き取る。そして、冷蔵庫にある食塩水を彼に飲ませた。
「…これは?」
「棗先輩から教えてもらった調合水です。汗を掻くと体内の水分だけでなく、塩分、ミネラルが失われますから」
「どおりで味がするわけか…」
「あの…礼さん」
いきなり深刻な顔つきになる景に、身構えるレバイン。
「いつから眠れないのですか?」
「………」
「無理にとは、聞きませんけれど。お力になりたいのです」
「すまない。今は話せないのだ。混乱してる故に」
「そうですか…」
沈黙が2人を包む。時々視線が合うが、レバインに逸らされてしまい、いたたまれなくなる景。レバインはレバインで、景に明かしてしまいそうな自分がいるために、わざとそういう行為をすることで、気を紛らわすしかなかった。
すると、静寂さを破ることが起こった。景の携帯が突然鳴った。景は、レバインの顔色をうかがう。
「電話に出たらどうなんだ?」
レバインは、突き返すように言うと、景は申し訳なさげな顔をしながら電話に出た。
「もしもし」
『朝早くに、悪いな。私だよ』
テノールの声が携帯に響く。そう、電話の相手は棗だった。
「構いませんよ」
すると、レバインが口を挟む。
「誰からだ?」
「棗さんです」
棗の名前を聞くと、差して興味がなさそうな顔をする。
棗は彼等の短いやりとりで、ある空間にいるのは、景1人だけではないと判断する。
『もしかして、フケ顔の彼氏といるのか?』
「フケ顔は余計です」
『ふうん、つまり景は彼氏といっしょに寝てるのか』
急に景の顔が赤く染まる。
「えぇ、まあ」
『ということは、つまりだな。本当に恋人になったわけか』
景は思わず、レバインの顔を見てしまう。突然向けられた視線に、不思議そうな顔をする。
「どうかしたか?」
「あ、あの…棗さんに恋人になったかと聞かれたんですが…」
すると、クスリと笑うレバイン。
「景の好きな風に言えばいい」
つまり、景次第だと言うわけだ。その意味を把握した景は、こう答える。
「キ、キスはしました」
この答えには、予想外だったのか、今度はレバインが赤くなる番だった。
『へぇ。良かったじゃないか』
「というより、電話をお掛けになったのは、これが聞きたかったからですか?」
『まあ、それもある。でも、本題は違うぞ』
「本題…ですか?」
『景、近くにパソコンあるか?』
「ちょっと、待っててください」
景は、いきなり藤波のいる厨房に行く。
「すみません、藤波さん。ノートパソコンお借りしてよろしいでしょうか?」
突然、そう言われて首を傾げる藤波。
「何か調べものでしょうか?」
「えぇ、まあ…」
早く用事をすませたい景は、適当に答える。
「でしたら、徳川さんの右隣りの部屋にある、黒いボストンバッグを開けてください。そこに私のパソコンがありますから」
「ありがとうございます、すぐお返ししますので」
景は一礼すると、藤波の言った部屋に入り、ボストンバッグからノートパソコンを取り出し、レバインの部屋にあるコンセントから接続してから、再び携帯に出る。
『準備は出来たか?』
「すみません、今します」
景は、ノートパソコンの電源をつけて、メインの画面になってから話しはじめた。
「はい、できました」
『えっと、誰のノートパソコンを使ってる?』
「藤波さんです」
『分かった。Amaから聞いてみるよ。彼のメルアド』
「Amaって誰ですか?」
『私に情報提供してくれる、ネット仲間。前に言ってただろ?新しい情報が入ったって』
そういえば、3ヶ月前、最果ての町にいた景と共にいた棗が、そう言って自宅に帰っていったことがある。
『その時はまだデータに出されてなかったからさ、言えなかったんだけど、昨日詳しい情報が入ったんだよ』
「詳しい情報?」
『まあ、電話で伝えるより、画像化したのをそちらに送った方がいいと思って知らせた。しばらくしたら、彼のノートパソコンにメールが来ると思うから』
「分かりました」
『とりあえず、切るよ』
そう言うと、電話を切られた。
「何の用事だったんだ?」
「メール仲間から、新しい情報が入ったことを知らせたかったと」
「その新しい情報とは?」
「パソコンにその情報が送られてくるそうです。礼さん、もし眠れそうでしたら、眠っててください」
「そうだな…。なら、しばらく寝させてもらう」
昨夜ほとんど眠れなかったため、すぐに睡魔に襲われたレバインそのまま眠ることにした。布団が中途半端に掛けられていたので、レバインの鎖骨辺りまでかぶせた。