『漆黒の夜』
□醒めない悪夢
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一方、クリスタルキャッスルで闇雲ウイルスの研究に勤しんでいる透の元にも棗のメールが入った。
(どうやら、俺は選抜メンバーには入ってないみたいだな。つまり、闇雲ウイルスの対策に専念しろということか)
すると、試験管を持ってきた助手のフラットが、メールの内容を見た。
「先生…」
「どうやら、君も選抜メンバーになってるみたいだ。残念ながら俺は違うけれど」
「先生。行ってきても宜しいでしょうか?」
研究の傍ら、病人達の治療にも忙しい彼を手伝ってきたフラットにとって持ち場を離れると、透の負担がより大きくなるのではないかと不安になる。
「俺の方は大丈夫。でも1人では難しいんじゃないかな」
すると乱暴に研究室のドアが開かれる。
「心配は無用だよお医者さん。あたいもフラットのグループだからね」
「それなら心強いです」
「先生」
「フラット。君の薬の知識を活かせるなら、大いに活用すること。傷を負った仲間を助けるのも、大事なお仕事だから」
「分かりました。先生、帰ったらまたよろしくお願いします」
「こちらこそ。リリアンさん、彼をお願いします」
「分かってる。お医者さんは一刻も早く闇雲ウイルスをやっつけてくれよ」
「分かりました」
リリアンは透と握手を交わした後、フラットと共に最果ての町に向かった。すると先に着いたリーク達が、ルナの家から出迎えた。
「お兄ちゃん、ルナ!!」
「フラット、お母さんっ」
フラットとリークはお互いをしっかり抱きしめる。数ヶ月離れてただけとは言え、双方恋しかったのだろう。
「ルナ、リーク。元気そうだな」
「うん、フラットとお母さんも元気そうだね」
「あ、あの…一度お母さんに会いに行っていい?」
ルナの問い掛けに、誰も反対することはない。4人はルフィアの眠る森に向かう。そして、墓碑に手を合わせた。
「お母さん、私行ってくるね。だけど心配しないで。リリアンさんやリークやフラット達が付いてるから」
「ルフィア、あんたの敵必ず取ってやるから」
「ルフィアさん、僕達も頑張ります」
「ルナのことは、僕に任せてください」
各々、ルフィアに言いたいことを伝え終えると、花を添えた。
「どうか、あたい達の無事を願ってくれ」
「天国のお父さんと共に見守ってください」
リリアンとルナはより深く頭を下げて、手を合わせた。
一通り終えると、棗が指示した塔に向かう。ただでさえ鬱蒼と茂った森で、視界が悪いのに闇雲ウイルスのせいで光が一切入らないこの場所は、リークの『ライトニング』の光が頼りだ。また、不気味に鳴り響く蝙蝠達の羽音も、より陰欝な雰囲気にさせる。
それでも何とか塔に辿り着いたリリアン達は、一度立ち止まった。
「あの策士な棗お姉さんの指示にしては、バランス配分が悪い組み合わせですね」
ルナの言う通り、リリアン以外は皆、魔法系や特殊系なのでどうしても直接の攻撃力が足りない。
「いいところに気づいたな。予め助っ人を呼んでおいた。おい、アルス」
塔の裏側から、赤毛の小柄な女性が現れた。
「久しぶりです、船長。ルナ、相変わらず元気そうだな」
「この人は?」
初めて会うであろうアルスに、戸惑いを隠せないリークとフラット。
「部下だった。こちらは、息子のリークとフラット」
「私はアルス。今回お前達と旅をすることになった。よろしく」
アルスが手を差し出すと、リークはその手を握り、フラットも遅れて握手した。
「よし、自己紹介も済んだことだし、行こうか」
リリアンの言葉で、一同は塔の中に入った。すると、塔の中に2つの扉が設置されていた。
「いきなり別れ道かな…」
「とにかくどちらとも開けてみよう」
リークは左の扉を、フラットは右の扉を開ける。すると、2つの形の違った塔が見えた。フラットは望遠鏡で双方を眺める。
「右は、過去の塔。左は惑わしの塔」
「どうやら、ここで2つのパーティーに分かれなければならないようだ」
一度扉を閉めて、円陣を組んで座る。
「確か過去の塔は、自分の過去に纏わるものを見せられて、惑わしの塔は自分の願望を幻として見せられるんですよね」
ルナの発言に、一斉に彼女に注目しだす。
「図書館で読みました。でも、それがもし本当なら、私にはほとんど過去はないです」
「確かに、ルナ達は子供だしな。これからやってくる未来の方が多いから、そちらに行ってもあまり意味はないな」
「なら、私とアルスが過去の塔へ。そしてお前達は惑わしの塔に行くことになるな」
誰もが納得するかと思った矢先、フラットが反論した。
「あの…アルスさんはどう見ても魔法使いじゃないですよね。それだと攻めと守りのバランスが崩れるんじゃ?」
「その点なら、心配なく。前衛・後衛なら海原で慣らしてきたから」
「海原?確かお母さんのこと船長だったって」
「あぁ、話すと長いからその話は、平和になってからゆっくり話すよ」
一刻の猶予もないこの状況に、いちいち説明できる時間はないのだ。それを理解したフラットはこれ以上問い詰めなかった。
「それに、フラット。僕もお母さんほどじゃないけど魔法剣士として、前衛なら立てるよ」
「私もたくさんサポートするから。ね!」
「そうだねお兄ちゃんとルナなら、心強いよ」
「なら、決まりだな」
行き先のルートが決まったのか、5人はその場から立ち上がる。
「任務が終わったら一度、ここに集合すること。後、どうしても無理だと思ったときはこれを使え」
それは、棗から配布された通信機能だった。
「お前達の助けなら、すぐに駆け付ける」
「ありがとう、お母さん。お母さんも元気で帰ってきてね」
「もちろんだよ」
ウインクを投げかけるリリアンに、安心する3人の子供達。心の準備を整えると、リリアンとフラットは各自の行く先にある扉を開いた。