『紅蓮の月』
□プロローグ
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闇雲ウイルス中の成分にマンドマゴラが、入っていると発見されてから1週間経つが、いまだにその対処方法が見つからず、研究は難航していた。また、原因不明の体調不良が続くレバインは、毎日同じ夢にうなされる。不幸か幸いか隣に眠る景には、気づかれてないようだ。
今日もまた、あの夢で現に引き戻される。
(私に兄弟などいたのか?)
考え込むと眠れなくなる。仕方がないので、城のバルコニーに出て風に当たる。暖かくなったとはいえ、明け方はやはり肌寒い。しかし、レバインにとってはちょうど良いのだ。
「随分と早い目覚めなのですね」
振り返ると、着物に半纏を羽織った望月香純がいた。
「眠れないんだ。何度も同じ夢を見る」
「私もです」
「望月さんもなのか?」
「えぇ、ここ最近ずっと。藤波にいえば、過剰に心配されるから言えないのです」
寝不足なのかしきりにあくびをする香純。
「金髪の少年と、黒髪の少年が、白百合畑にいて…。突然、怪しい男が黒髪の少年をさらいにいくのです。これって何を暗示してるのでしょうね」
なんと香純は、レバインと全く同じ夢を見ていたのだ。すると、天空から着陸した青龍も、同じ夢を見たと言っている。
「私達四龍に関係するのであれば、金髪の少年も黒髪の少年も同じ四龍…」
「あの夢に出てくる金髪の少年は、私の昔の姿だ」
すると、青龍と香純は夢に出てきた少年を思い出して、レバインの姿と見比べる。
「苦悩というのは、ここまで人を変えてしまうのですね」
『全くだ』
「嫌味か?」
「ただ素直に意見を述べたまでです。それはそうと、まだ本調子でないのに起きてて大丈夫なのですか?」
現に熱くもないのに、汗を掻いているレバイン。同じ仲間として、香純も青龍も心配なのだ。
「寝付けないんだ」
「なら、せめて椅子に座ってください」
香純は、椅子を差し出してレバインに座らせる。
「…すまない。最近は稽古もつけられなくて」
「稽古より、体調の方が大事です。でも困りましたね。一ヶ月以上そのような状態では。一度病院に行かれてはどうですか?」
レバインの様子に見兼ねた、香純はそう提案する。
「病院だと?保険証もないのにか?」
レバインは幼くして母親を亡くしているため、母子手帳はおろか保険証もないのだ。
すると、香純は何か思いついたらしく、彼に近寄る。
「桜蘭総合病院特別科、中川淳先生なら診てくださると思います。徳川さん、ジパングに発つのでしょう?」
「そうだった」
「この際、彼に頼みましょう?もし、景さんに知らせたくないのであれば、こちらに書かれている場所に」
香純から貰った紙には、淳の住所が書かれている。
「しかし、何も言わずに行くのは…」
良心がそれを許さないというふうに、レバインは顔を歪める。しかし、香純は笑顔でこう答えた。
「あらかじめ言っておきましたから」
「…いつ」
「貴方がここにお戻りになられてから。ここに戻ったということは、また旅立つことを意味しますから」
「そうか。有り難い」
やっと笑顔になるレバインに、安堵する香純。
「さて、もう一眠りしますか」
『だな』
香純と青龍はそれぞれの寝床へ行き、バルコニーにはレバインただ1人にになる。
ふと夜空を見上げる。宇宙にもっとも近いと言われているこの場所は、地上より月が大きく見える。闇夜に見える月は、心なしか紅く見え、胸騒ぎする。
(時がせまってきたのだな…)
4年前も、このような現象があり、現にクリスタルワールドに多大な被害が襲いかかったのだ。
(杞憂だと信じたい…)
このことは、決して誰にも知らせることはしないととレバインは、固く誓った。
そして、眠れないまま夜が明け、朝日が昇る。
「おはようございます礼さん」
バルコニーのドアを開ける音と景の声に、我に返ったのか彼女の方へ向く。
「あぁ、おはよう景」
「朝起きたら、ベッドにいなかったので、望月さんにお聞きしたところ、ここだと言われて来ました」
「そうか…」
視界がぐらりと揺れる。景はレバインの異変に気付き、とっさに彼の体を支える。
「すまない…」
苦しそうに笑うレバイン。思わず彼の額に手を当ててみると、尋常でない熱さだった。すぐに、彼を寝室のベッドに寝かせる。
「眠れないんだ…」
熱に浮かされ、つい本音を明かすレバイン。
(何が彼をこんなに苦しませてるのだろう。私にできることは…)
彼のそばにいることぐらいしか、今の景にはできない。
すると、朝の訓練を終えた藤波が、彼のもとにやってきた。
「すみません、熱を冷ませるようなものを、お願いします」
景はとっさに、藤波に指示する。すると彼は、自分の部屋に戻り、以前香純に使用した氷枕をボストンバッグから取り出し、水と氷を入れて栓をし、レバインの首の下に置く。
「…気持ちいい」
「氷枕が温くなったら、また取り替えますね?」
「ありがとうございます」
景は、藤波に一礼する。
「では、私は望月様を起こしに行きます」
部屋を出ていこうとする彼に、レバインは引き止める。
「夜中やっと寝付けた彼女だ。今日は休ませてやれ…」
「そうですね。それでは私は朝食の準備をしておきます」
「ありがとうございます」
藤波は一礼すると、朝食の支度をするため部屋を出て厨房に向かった。