『紅蓮の月』

□仕組まれた罠・引き裂かれた2人
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爽の誘拐宣告まで、あと1週間を切ろうとしていた。

景は、彼の過去を告げると余計に、レバインが迷い込むだろうと思い、その件については言わなかった。

しかし、知らず知らずのうちにレバインの罪悪感は頂点に達していたのだ。平和を乱したことの発端が、自分だったのだ。平和の象徴であるはずの自分が、闇雲ウイルスの一因なのだ。言われのない、後悔に精神が苛まれる。

努めて景には、そういうそぶりを見せなかったが、同じ仕事場にいた爽は一発で見抜く。彼の細やかな表情の変化さえ見逃さない。これが狂気じみた執着心の為せる業だろう。


(どうやら、兄さんを捕らえるのは簡単に事がうまく運びそうだ。それに、兄さんのことだ、あの女にはそういうそぶりも見せてないのだろう。あの女への配慮のためにね)


パソコンを打ち込む爽の瞳が赤く光り、誰にも見えぬように口角が上がる。

そんな爽に、レバインはつかず離れずの距離を保つ。自らの敵であることは間違いない。だが、敵にしてしまったのは、自分のせいだ。だから完全に切り離せないのだ。そう思うと、爽は狡猾で、かつ綿密に計画してきたのだろう。未だ彼の計画を知るのはごく少数しかない。また非能力者を除けば景、そしてレバインしかいないのだ。


(ふふふ、ずっと兄さんをこの手に置くことだけを思い、それだけのために生きてきたのだ。そう思えば今までの仕打ちなど、取るに足らない)

端から見れば、壮絶な過去を送り同情しかねない話だが、当の本人はそれさえもレバインを捕らえるための肥やしとしか思っていない。その強心臓さも、闇一族所以なのだろうか。それとも彼自身の性根なのだろうか。いずれにせよ普通の人間の神経ではないことは確かだ。

そんな彼の思惑など知らないレバインは、ただただ爽に申し訳ない気持ちで、溢れていた。

(景達は、私を想い、みだりに近付くことを禁じる。だけど、爽は私の弟なのだ)

敵だとしても、唯一の兄弟には変わりない。

すると、爽と目が合う。爽は以前のように柔和な微笑みを向ける。

(誘拐すると言っておきながら、彼の目はこんなに穏やかなのだ…)

それはすべて爽の計算上なのだ。

(もしかしたら、寂しさのあまり出まかせを言ってしまったのかもしれない)

それは、大きな間違いだ。爽は、最初からレバインを捕らえるために、ここに来たのだから。彼を慕ったのも、自分の過去を語ったのもみな、そのための手段しかならない。

その予告が迫るたび、彼の心は躍り、不気味なオーラを醸し出す。もちろん社員には、分からないようで、ただ単にあの日のレバインの贔屓を嫉んで、口を利かない。

だが、爽にとっては、その方がむしろ好都合なのだ。誰にも邪魔されず、かつ誰にも知られず、着々とレバイン捕獲の計画を立てていける。勿論、仕事上、支障をきたさないように綿密に計画を遂行するのみだ。

仕事の成績は、実質トップなので誰も咎めることはできない。もちろん上司であるレバインも雨宮もだ。


だが、ただ1人、いやただ1体のADR−02だけは、彼の監視を強化した。とは言え、雨宮の指示よりごく普通に、社員達の行動をお茶くみしながら、見回るだけだが。

しかし、彼女は彼女なりの意志がある。雨宮の友人である(雨宮からは散々聞かされた)レバインを、そのまま爽に捕まらせるわけには行かなかった。それに爽の瞳の動きで、そこに関わる誰よりも彼の考えていることが、分かる。


なので、夜中になっても念のため研究室に居残ることにした。充電の関係もあり、雨宮には止められたが彼女の意志は強く、毎日のように監視を続けた。






ある日偶然、パソコン室にある爽の引き出しが微妙に開いていたのだ。気になったADR−02は、そっと開ける。その中身は、黒革の首輪と、携帯用スタンガンと、鎖が入っていた。


(恐らく彼は、これで徳川さんを捕まえるつもりだ)


誰もいないことを、確認してそっと閉める。念のため爽に怪しまれないようにするためだ。これも彼女の考えである。


夜中の見回りを終えると、自分の臀部にあるコンセントを差し込み充電する。そしてやっと彼女の仕事が終わる。
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