『紅蓮の月』
□外されてゆく闇のベール
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新人社員の研修期間も終わり、今日からまた彼らと仕事をするのだ。
今回は珍しく景の方が早くに起きたので、2日振りに、みゆきと一緒にレバイン達の弁当を作る。
「そういえば、今日徳川くん達、新入社員の歓迎会があるから遅くなるそうよ」
「歓迎会ですか…」
つまり、爽達と飲みに行くのだ。彼と出会ってから、戦慄を覚えていたので心配の種が増えていた。
「やはり早く帰ってこないと寂しい?」
露骨に顔に出てたのだろうか。慌てて笑顔に戻す。
「いえ、会社のお付き合いですから仕方ないですよ」
みゆきもそんな景に何も言えなくなる。すると、スーツに着替えたレバインがやってきた。
「おはようございます礼さん」
「おはようございます、みゆきさん、景」
「今日、遅くなるそうですね」
今日の言おうとしてたが、すでに知られてたようでレバインは目を見開く。
「誰かに聞いたのか?」
「はい、みゆきさんに」
「そうか。とにかく遅くなるから、夕食は先に食べててくれ」
「分かりました。あっ、今日の分です」
風呂敷に包んだ弁当を渡す。
「今日は景さんが作ったのよ。もちろんリクエスト通り、雨宮さんは私で」
「わざわざありがとうございます」
「礼さん朝食は?」
「すまない。今日急ぎの用事だから、会社に着いてから食べるよ」
するとみゆきが、おにぎりを指差した。
「雨宮くんと持っていきなさい」
「いいんですか?」
「えぇ、どうぞ」
もうひとつの弁当におにぎりを敷き詰めて、レバインに渡す。かばんに弁当を入れると、雨宮を連れて会社に行ってしまった。
「急ぎの用事って、なんだろう。昨日は何も言わなかったし…」
「あぁ、雨宮くんに昨日教えてもらったんだけど、景さんが寝た後だから言えなかったの」
「そうですか…。なんだか心配です」
「本人は大丈夫そうだけど?」
「なら、いいのですが」
一方、レバインと雨宮は研究室に着くと、昨日一昨日の出来事について話した。
「へぇ、流石中川先生。そこまで調べあげたのか」
「他人事だと思って。提出するのにかなり苦労させられたんだから」
「分かってる。それは本当にありがとう」
「それで雨宮、翻訳はできたのか?」
「半分程度。『Natsu』は司書と占い師の仕事でなかなか翻訳に時間が割けないみたいだ」
「そうか」
「とにかく、しばらく待っててくれ。それに景さんも少しずつだが、翻訳を進めていっている」
「たしか、『囚われた王子』の章だったな」
「あぁ。もう社員が来たようだ。この話はやめにしよう」
研究室の扉が開く。
「おはようございます。雨宮さん、徳川さん」
「おはようADR−02」
律儀に一礼する彼女。そして、研究室の監視に回る。すると次々と社員が集まり、勤務開始時間15分前には、研究課の全社員が研究室に集まる。
「開始前ですまない。少し私の方を見てくれないか」
雨宮の指示で、談話してた社員が黙りこちらに視線を移す。
「一昨日昨日の研修ご苦労様。今日は、飲み会で羽目を外しても構わないが、仕事は最後までやりきるように。そして」
「提出時間を設ける。研究班は、今日の昼までに、まだ判明していない成分を割り出し、データにすること。データ班は、今日の夕方までに、これまでのデータ以外でわかったこと、既成のデータでさらに詳しいことが発見されたなら、それをデータにして提出すること。データ収集なら、会社外でも構わない。ただ提出時間までには、ここに戻ってくること。以上」
「それでは各自の仕事に移ってくれ」
雨宮の指示で、データ収集のために外部へ向かう物、研究室で成分を調べる者、パソコン室でクリスタル位置情報を調べる者に分かれる。
雨宮とレバインも各自の持ち場に行く。
パソコン室のドアを開けると、1人画面と向かい合う爽の姿があった。
怪訝に思ったレバインは、彼に声をかける。
「行かなくていいのか?」
「はい」
「情報があるかもしれないのに」
「他のことなら、そうでしょう。しかしクリスタルの位置情報は、外へ行けども、限られているでしょう。それに私、片っ端から調べましたから」
ふと一昨日見た、爽の机にあったものを思い出す。
「机にあった本でか?」
「あれはほんの一部です。それにあの図書館の『紅龍』シリーズは、読破致しましたから」
「しかし、他に探す手はあるかもしれない。そう決め付けては、視野を狭めることになるぞ」
「クリスタルに関する情報は、他じゃ脆弱すぎて有力なものは見つかりませんから」
そう言い切る爽に、黙るしかできないレバイン。また実際にサイトを調べてみたが、爽が言ってたことは、本当で彼にとっても不必要なものだった。
有力な情報が見つかれば、上司として注意できたがこれでは、反論すらできない。