† NOVEL †
□闇夜の哀歌
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第一曲
「お姉さま。シリルお姉さま!」
パタパタと足音が近づいてきたかと思うと、扉を押して少女が飛び込んできた。
シリルとは正反対の、黒髪の少女だ。
彼女はほんのりと頬を朱色に染め、息を切らせながらシリルの目の前に立った。
「アレシア、廊下は走っちゃだめ。さあ、深呼吸して」
シリルが言うと、アレシアは素直に頷いて、二、三度、息を吸ったり吐いたりした。
しかし、そうしてみても、興奮はおさまらないようだ。
シリルを見つめる勝ち気そうな緑色の目に、賞賛と畏敬の念がこめられていた。
「お姉さま。とうとう『狩り』に出かけられるんですってね」
「ええ、そうよ。だけど、それを誰から聞いたの?」
「誰でもないわ。館中がこんなにそわそわしていたら、誰だって気付くと思うけど?」
シリルはやれやれとため息をついた。
アレシアにだけは隠しておきたかったのだ。
好奇心の強いこの子のことだ、いつ一緒に連れていけと言い出すかわからない。
そんなシリルの心配をよそに、アレシアはシリルを上から下まで眺めて、ため息をついた。
「ああ、その格好! お父様が初めて狩りに出た時の服だと聞いたわ」
「お父様が送ってくださったの。私たちのお父様は優秀だったから、七歳の頃から狩りをしていたそうよ。それに引き換え、私なんて十三にもなってこれが初めての狩りなんだから、亡くなった御祖父さまは天国でひやひやされているでしょうね」
「あのね、お姉さま。あなたは女の子なのよ。お願いだから、無理はしないでね」
「無理、ね」
シリルは振り返って、鏡に映る自分を見た。
胸元で光る銀製の十字架、ベルトに差し込まれた二丁の銃には、家紋である一角獣が彫られている。
鏡の中で、灰色の目が不安げにシリルを見つめ返していた。
視線を少し右にずらせば、テーブルに乗ったライフルが目に入る。
シリルは二度目のため息をついた。
先ほどから「狩り」と言っているが、シリルが――彼女の一族が狩るものは、鹿や鳥の類ではない。
黒妖犬、狼憑き、吸血鬼(ヴァンパイア)に不死者……闇に属するものは全て標的となる。