† NOVEL †

□闇夜の哀歌
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 狩人は薄暗いパブで煙草を吸っていた。

待ち合わせの時間から既に二十分が経っていたが、狩人に苛立ちは見られなかった。

 腕以外はぴくりとも動かない。

待ち人が来ると、狩人は冷めた目で一瞥し、煙草を捨てた。

「本当にこの街にいるのか?」

 単刀直入。

もはや、お喋りを楽しむ心もないようだ。

「ああ。
俺の情報は確かだよ」

 情報屋は愛想よく笑ったが、

「もう何十回と聞いているが、一度も標的に会えていないぞ」

 狩人は冷たく一蹴した。

「相手が移動するんだから仕方ないさ」

 狩人は目を閉じた。

「もっと詳しい情報をもらおう」

「おい、その前に、何か食べないか?
あんた、会うたびにやつれてるぜ」

「気にするな。
俺は金を払って、お前は情報を渡す。
それだけでいいんだ。
余計なことは考えるな」

「相変わらずだな、シリル。
お前をそんな風にした吸血鬼っていうのはどんな奴なんだろうな?」

 狩人の顔から、少しだけ残っていた、最後の表情が消えた。

 情報屋はやれやれと首を横に振る。

情報屋は、シリルの幼少時代を知る唯一の人物だった。

 知ると言っても二、三度会っただけだが、子供の頃のシリルはこんな性格ではなかった。

 育ちのいい、かわいらしい――しかし、好奇心に満ちた、健康的な子供だった。

 人はこんなにも変わるのかと、情報屋は少し感傷的になってシリルを見ていた。

「奴の行動パターンが読めてきたぜ」

 情報屋は地図を広げた。

青い丸と、赤い丸が書かれている。

「青い丸はこれから奴が現れそうな場所、赤い印は奴が目撃された場所だ。
今じゃ教皇直々の出動令が出ているからな、目立つような場所は避けているみたいだぜ」

「教皇直属の部隊――『悪魔祓い』と言ったか」

「ああ。魔物狩りの技術もこの数年でだいぶあがったからな。
この世界から魔物が消える日も遠くないよ」

 狩人はしばらく黙っていたが、コートから袋を取り出すと、地図を持って立ち上がった。

 袋の中身は報酬だ。

「さすが貴族、毎回太っ腹だな」

「失礼する」

 狩人は素っ気なく言うと、パブを出ていった。

 誰であろうと、慣れ合いたくなかった。

例えどんなに小さな安息でも、狩人の冷え切った心には耐え難いものだった。

 急に咳が出てきたので、狩人は喉を押さえながらポケットの薬を探した。

 持病だった喘息は、この七年間で悪化していた。

 何度か倒れたこともある。

 しかし、煙草をやめることはできなかった。

依存度は低く、やめようと思えばいつでもやめられる程度のものだったが、煙草を吸うと、不思議と右腕の刻印が敏感になり、より魔物の気配を察知しやすくなるからだ。

 すべては、自分から全てを奪った、あの吸血鬼を殺すために。

 止まらない咳に手こずりながら、狩人はただ一つのことだけを思っていた。

 それは、七年間ずっと考えてきた、しかし、答えの出ない疑問だった。

 なぜあの日、あの男に殺されたいと思ったのだろうか、と――。











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