† NOVEL †
□闇夜の哀歌
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シリルがテラスで考え事をしていると、アリシアが紅茶を運んできた。
「お疲れ様、お姉さま」
「ありがとう」
春の午後のことだった。
シリルはついさっき帰宅したところだった。
今回はいつもより遠くに狩りに行っていたので、帰ってきたのは昼過ぎだった。
「お怪我は?」
「ないよ」
シリルが微笑むと、アリシアが尊敬をこめて微笑み返した。
シリルが初めて狩りに出てから、半年が経った。
その間、シリルは着実に腕をあげ、狩りの記録は、少年時代の父のそれを上回るほどの勢いだった。
「これで、最初のミスは汚名返上だな」
叔父はそんな風に言って笑っていたが、シリルには少し引っかかることがあった。
新種の魔物のことだ。
ガウールのあの森へは、あの後も何度か赴いた。
しかし、あの夜に起こったような五感への妨害はなかったし、シリルに負傷させた新種も姿を現さなかった。
新種の報告は増えている。
それなのに、シリルはこの半年の間、一度も新種と遭遇したことがなかった。
ふと、あの男(青年と言うには、少し老けていたと思う)――エヴァルト・ソルヴェーグにもらったペンダントを思い出して、シリルは服の下から取り出した。
「それって、あの――?」
アレシアが少し神妙な面持ちで尋ねた。
「ええ、あの人がくれたものよ。
フルールに寄ることがあったら来てくださいって言ったのに、全然来てくれないの」
「お姉さまは、その方のことを――」
「何?」
「あ……いえ、何でもないわ」
「そう」
シリルはあまり頓着せずに言って、もう一度ペンダントを眺めた。
「それよりね、お姉さま。
お母さまが姉さまに話があるって言ってらしたわ。
今はお休み中だから、しばらくしたら寝室に来るようにって、お父様が」
「お父様が?」
シリルの目がペンダントから離れた。
「ええ。
珍しいでしょう?
ずっと『襲撃者』を追ってばかりだったから」
「じゃあ、お父様に会ってくるわ。
ああ、紅茶をありがとう」
「ええ」
シリルは父の私室に向かったが、その前に満開になった桜を見ておこうと思い、敷地内を出た。
自分だけが知っている、秘密の場所があるのだ。
見つかりにくい場所にあるうえに、そこに一本だけある桜はどこよりも美しく咲く。
しかし、そこへ行く途中で、シリルは向こうから誰かが歩いてくるのに気づいた。
うつむきながら歩いているので、顔が見えない。
しかし、シリルはすぐに気づき、どきりとした。
「エヴァルト――さん?」
シリルが半信半疑で名を呼ぶと、男が顔をあげた。
肩まで伸びた黒髪を一つ括りにした、長身の男――。
エヴァルトの青い目がシリルを映す前に、シリルはその傍に駆け寄っていた。
「やっぱり!
いついらしたんですか?」
「久しぶりだね、シリル。
たった今だよ。
今から君を訪ねようと思っていたところだった」
「今日はどこに泊られるんですか?
もしよかったら、うちに……」
「いや。隣町に宿を借りているんだ。
しばらくこの辺りで仕事をする予定だから」
「しばらく、ですか?」
「ああ。
たぶん、一週間くらいかな」
シリルは少し考えてから、遠慮がちに尋ねた。
「あの……お時間ありますか?」
「あるよ。
何故?」
「少し、見せたい場所があって」
シリルは悪戯っ子のように笑った。
・・・・・・