† 気まぐれ文庫 †
□宵闇の聖譚曲
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プロローグ
十一月の夜、村の外れの教会から炎があがっていた。
無人と思われた教会の中には、まだ幼さの残る顔立ちの、一人の女性が残っていた。
煙のせいで頭が朦朧としているのか、二、三歩進んだかと思うと、遂に膝をついて倒れてしまった。
その両腕には、小さな子供が抱かれていた。
愛しいあの人との子供――私の可愛いリタ。
ソフィアの目に涙があふれた。
この子の父親はもういない。
ソフィアを庇おうとしてシルヴァンが胸を刺されたのは、ほんの数十分前のことだ。
手を伸ばせば触れられるような時間だが、どうあがいても巻き戻すことはできない。
指がかたかたと震える。
失ってしまったのだ。
私と結婚したばかりに、シルヴァン・セヴェールは命を落とし、もうすぐ四歳になる娘もまた、その血筋故に、この先一生追われる身となってしまった。
しかも、今まさに窮地に立たされている。
自分一人のせいだと、そう思わずにはいられなかった。
何もかもを奪うこの血が憎い。
だが、それ以上に、事の発端となる「あの女」が憎い――。
煙の向こうから、ハイヒールのコツコツという音が聞こえてきた。
ソフィアは膝をついたまま、じっと待った。
音がさらに四つ加わり、三人分の足音が近づいてくる。
長い黒髪が後ろになびくのが見え、その数秒後には、エレオノールが目の前に立っていた。
笑っている。
緑色の目を細め、これ以上面白いものはないというように――ソフィアの拳に力が入った。
「まだ間に合うわ、ソフィア」
深みのある声がソフィアの耳元で囁いた。
「ヴィクトワール様を解放しなさい。
その子供まで失いたくないでしょう」
「解放するなら、そうね、あんまりひどい殺し方はしないって約束するわ」
ブランシュが無邪気な顔で、子供っぽく言った。
「どう? 心臓を刺されるなんて嫌でしょう?
シルヴァンはきっと、凄く痛かったはずよ……」
「黙りなさい」
ソフィアはリタをそっと床に寝かせると、ゆっくりと立ちあがった。
意外にも、その動きはしっかりしていた。
少なくとも、悲しみに暮れる少女のそれではない。
「私は聖女よ。
死ぬことなんて恐くない」
「いいの?
お前が死ねば――ソニエール家の最後の二人が死ねば、せっかくの封印が解けてしまうのよ」
ブランシュとカルメンがソフィアの両脇に立った。
「わかったわ。
面倒臭くなったんでしょう。
人間の意志なんて、所詮そんなものね」
カルメンが気取った口調で言った。
エレオノールは、ソフィアがどう出るのか待っている。
もう、逃げ場はない――。
「いえ、逃がさないわ」
ソフィアは指を鳴らした。
聖水の魔法陣――三人の魔女はまさに、その中央にいた――がきらっと光って、三人の魔女の動きを封じ、生気を奪った。
本来ならばとうに死んでいるはずの体が、指先から徐々に灰に変わっていく。
「カルメン、ブランシュ!」
エレオノールが呪文を唱え、拘束を解いた。
半分以上腐り落ちた右腕をかばいながら、素早くカルメンとブランシュを円の外に引っぱった。