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□サンプル。
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◆『百鬼夜行』

◎サンプル


ふわり、ひらり。

風に舞い踊る様に、ソレは降り注ぐ。

ちらり、はらり。

辺りは闇一面。
月もその姿を隠し、光源となる物はないと言うのに。

ソレは、自ら淡く発光している様にさえも、見えた。

この場に己以外、存在する物はただ一つ。

満開に咲き誇る、目の前の桜の木。

ただ、それだけ。


(――やっと、逢える)

柔らかく、綻ぶように。

言葉を発する存在は己しかいないはずのこの空間で、確かにそう告げる女の声を、彼は聞いた。


◆ ◇ ◆



息苦しさを覚えて、折原臨也は目を覚ました。

目の前に広がるのは、見慣れた天井……ではなく、

「あ、おはよーイザイザ♪」

臨也の腹の上に跨る様にして座る、狩沢絵理華の笑顔だった。

「かりさわ……?な、に…してるの?」

寝起きの為にハッキリと回らない頭と舌を動かして、臨也は問う。
そんな臨也の問いに、狩沢は笑顔で答えた。

「ん?寝込みを襲ってる★」

告げた彼女の言葉は軽やかで、ともすれば冗談なのかと流してしまいそうではあったのだが、いかんせんその瞳は真剣そのものである。
そんな彼女に小さく溜息を零しながら、臨也は口を開いた。

「取敢えず、着替えるから降りて」
「はーい。それじゃぁ、火鉢に火をいれてくるね」
「ありがとう」

緩く、はにかむように笑んだ臨也に対して、狩沢は弾んだような声で「任せて!」と返す。
そして、臨也の腹の上からゆっくり下りると、楽しげな様子で火種を取りに、囲炉裏のある隣の部屋へと足を進めるのであった。

それを見送ってから、臨也は布団から体を起こす。
寝巻の帯をほどきながら、彼は今朝方みた夢を思い返していた。

(この時期に桜の夢なんて…俺も変な夢を見たなぁ…)

ひらひらと、舞い上がって落ちて行く幻想的な、それでいてどこか物悲しさを覚える風景を思い返しながら、臨也は枕元に置いておいた着替えに袖を通す。

着替えの黒が、あの闇を思い返させる。

此処まで印象に残っている夢も珍しいと呟きながら、臨也は帯をしめた。
まだまだ朝は冷え込む季節だ。着替えよりもワントーン濃い黒の羽織を手に取りながら、襖へと手を掛ける。

襖の向こうでは、火鉢に火をいれ終えた狩沢が、割烹着に袖を通している所だった。

「あ、イザイザ着替え終わった?朝ごはん今から作るから、もうちょっと待っててね」
「あ…うん」

パタパタと台所へ駆けてゆく様は、まるで。

(何か…夫婦みたいなんだけど)

ぼんやりと考えて、臨也は己の考えに赤面した。


狩沢と臨也は、付き合っている。
付き合い始めた経緯の説明は省くが、その期間は決して短い物ではない。
かれこれ、2年にはなるだろうか。

然し、狩沢は狩沢で彼女の仕事があったし、臨也も臨也で仕事がある。
互いが互いに拠点を現在の住処から移動する訳にはいかない為、二人は共に暮らしている訳ではなかった。

それどころか、この二人、一晩を共に過ごした事すらない。

2年も付き合えばそれなりに段階を踏んではいそうなのだが、未だに手を繋ぐだけに留まっている。
頬や額への軽い口付けはあるものの、そこから先へは発展しない。

その、理由は。

「そう言えば、狩沢は何でこんな朝早くから来てたのさ?」

狩沢の作った食事に箸を付けながらのんびりと呟く彼が、とんでもなく恥ずかしがり屋な為だ。
先程の様に半分寝ぼけている時ならまだしも、素面の状態で狩沢が臨也の上に跨ろうものなら、爆発するのではないかと云う位に赤面してしまう。

然し彼は情報屋。
何時でも、誰相手にでも恥ずかしがり屋、と云う訳ではないのだ。

例えば、情報を集める為にどうしても女性と恋人ごっこの様な事をしなければならないとする。
そんなとき、彼は照れるそぶりも見せずに女性を抱きしめ甘い言葉を吐いて見せるのだ。

しかし、

「ん?…あぁ、そうだった!預かってた甘楽ちゃんの調整が終わったから持って来たんだよぉ♪」

忘れてた、と笑う狩沢は、そんな臨也に特に不満は抱いていない。
むしろ「私の前でだけ照れ屋で奥手になるイザイザ可愛いよう!流石私の嫁だね!」と、何処か喜んでいる節さえ見える。

そんなある意味兵(つわもの)な狩沢の職業は鍛冶屋だ。
彼女が甘楽と呼んだ匕首(あいくち)を受け取って、臨也は鞘を抜く。
キラリと刃先を光が滑って行く様を見て、臨也は満足げに笑んだ。

「相変わらず、確かな腕だね」
「ありがとう、イザイザの頼みなら何をおいても真っ先にやってあげるから、どんどん言ってね☆」

バッチリとウィンク決めながら告げる狩沢に、臨也は苦く笑いながら呟いた。

「いや、ありがたいけど…きちんと仕事しなよ」

◆ ◇ ◆


それは、昨晩のことだ。
仕事を終え、俺は家路を急いでいた。

夜が怖いとか、疲れたとか、そう云う事ではない。

いや、確かに疲れてはいたが、俺にはそれよりも家路を急ぐ理由があった。

俺には、弟がいる。

名前は幽。舞台役者をやっている。

毎日練習をして、疲れているだろうに、幽は帰るのが遅い俺の為に夕飯をつくって待っていてくれるのだ。
明日も早いだろうに、俺が返ってくるまで、明かりをつけて待っていてくれる。

俺なんかには勿体ない位の、出来た弟。

そんな幽を待たせる時間を、少しでも短くしたくて、俺は脇道へと入る。
細くて、昼間でも暗い様な。正直人を襲うには絶好の場所だが、この道は家へ抜ける近道だ。

(シズちゃんはさ、出来るだけ月が出てない夜は出歩かない方がいいよ。あと、昼間から日が当たらない様な道も入らない方がいい)

何時だったか、臨也に言われた言葉が頭をよぎる。

(まぁ、忠告を聞く、聞かないはシズちゃんの勝手だけどね)

続けて告げられた言葉も芋づる式に思いだして―――

(…シズシズ?)

あぁ、思い出さなくていい事まで思い出しちまった。
あの時の狩沢は怖かった。
この俺が、本気で冷や汗をかく位怖かった。

思い出した恐怖を振り切るように俺は頭(かぶり)を振り、ついでに臨也の忠告も振り切って、俺は近道を通り抜けた。

――ひら、り。

空から白い物が舞い降りる。

雪だと、思った。
季節は冬。
今日は特に冷えるから。

だが。

   はらり、

       ひらり。

舞い落ちてきたソレは、俺の掌に着地して、溶けることなく、その存在を主張していた。

「あ?……桜?」

白だと思ったその色は、よく見れば淡い桃色で、雪だと思ったソレは、この季節には不似合いな、桜の花弁。
不思議に思い、周りを見回した俺は、絶句した。


近道を抜けた先、その行く手にある空き地。
辺りを闇が包む中、まるで自ら発光するかのように存在を主張する、ソレ。

一本の桜の大樹が、満開の花を咲かせて、其処に存在していた。


ザワリと、冷たい風がその木を揺らす。

(――やっと、逢える)

周りには俺以外に人がいないこの場所で、俺は確かに、そう告げる男の声を聞いた。



満開に咲く冬の桜。
そのからくりはいかに。

退治師が全く出てこない退治師パラレルです(笑)
…後、なぜか絵理華様最強(笑)



(ブラウザバックでお願いします。)













































































































































































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