□夢売師−ユメウリシ−
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ホシイユメ、売ります。




夢売師―ユメウリシ―



ミタイユメ、と言うものは、誰にだって有ると思う。
それが現実になったりしたら、もっと素敵だと思わないかい?
僕はそう思うんだ。

だから…その、扉を叩いた。

軽く叩いたはずなのに、その扉は鈍く、軋んだ音を立てる。

もう少し強く叩いていたら…一体どうなったのだろう。
…想像したくもない。
夢を買いに来て、ドアも買ってしまった、なんて洒落にならない。

「いらっしゃいませ〜」

明るい声と共に、ドアが開いた。
そこにいたのは、十代後半程度に見える青年。
短い黒い髪は、自由自在にあちこちに跳ねている。

「どうぞ奥に!今店の主人を呼んできますから。あ、ボクはワンド、この店の店員さ!」

にっこりと人当たりの良さそうな笑みでそう告げて、ワンドは奥へと引っ込んだ。

ぼんやりとイスに腰掛けていると、奥から話し声が聞こえる。
特にすることもなかったので、僕はその会話に耳を済ませて見ることにした。



『メア、メアってば!』
『ん…?なんだいワンド、いつも君は元気だねぇ』
『そんな暢気な事言ってないでちゃんとして!お客さんだよ?』
『お客…?この店に客人なんて……珍しいねぇ…仕方ない、準備いたしますか』


そんな会話の後、出てきたのは、一瞬老婆かとも思える真っ白な髪を真っ黒なコートのフードから覗かせた女。
声と、それから良く見れば全く皺のない肌を見て、彼女がまだ若いのだろうと、僕は判断した。

「ヤァ、君が夢を買いに来たお客サマだね?私はメア。夢を売る売人だよ」

今日はどんな夢をお望みで?

そういってぼんやりとした表情を変えずに尋ねてきたメアに、僕は答えた。

「僕は…今と全く違う夢が見たいんだ!此処の夢は現実になるんだろう?」
「あぁ…質が高いものになると望んだ夢は現実となるコトもあるよ」

僕の問いに返したのはワンド。
『質が高いもの』と言う言葉に、財布の中身が気になったが、僕はそのまま続けた。

「クラスメイトが僕を認めるんだ!皆、皆!僕の事を尊敬して、僕の存在を認めてくれる。それから、母さん達だって僕を優しく見守ってくれる。そんな夢が…いや、現実がほしい!」

いつもいつも僕を哀れむような目で見るアノコも、馬鹿にしたように笑うクラスメイトも、諦めたように溜め息を付く母親も、みんなみんな夢になれば良い。今望んだことが現実になれば、もっと良い。

そういって興奮気味に夢を語った僕に、メアは小さく溜め息を付いた。

「ハァ…やれやれ、面倒なお客さんを連れてきたねぇ?ワンド」
「面倒なって…ちゃんと仕事しなよ、メア!大体、ボクは店に来たお客さんを案内しただけだからね!」
「ハイハイ…現実にするユメは配合が面倒なんだよ…ま、良いや。お客サマだしねぇ…さて、それじゃぁ御代を貰おうか?」

先払いで頼むよ。

そういわれて、恐る恐る尋ねる。一体、いくらなのかと。

「何を言ってるんだい?ワンド、君は彼にきちんと説明をしなかったね?」
「え?あ…言い忘れてた。この店の御代はお客さんのユメなんだよ!今回はちょっと質が高いから…そうだなぁ…君の一番いらないユメを、貰おうか」

にっこりと、人の良い笑みのままでワンドはそう告げた。
いらない夢が高い御代の代わり?そんなの、いくらだってくれてやる。

「良いぜ?どうやって払えば良いんだ?」
「…はぁ、最近のお客サマはユメを粗末にする人が多いねぇ…一度貰ったユメは二度と返さないよ?」
「構うもんか!」

いらない夢の一つや二つ、無くなったくらいで何も変わりはしないさ。
僕は心底そう思った。
どうして、メアが『本当に良いのかい?』と何度も尋ねてくるのかわからなかった。

だから、二つ返事で承諾した。




「そうかい…それじゃぁ…ワンド!」
「お任せあれ!」

メアはワンドに声をかける。
その声に短く、自信満々に頷いて、ワンドはその姿を変えた。

巨大な、烏のような姿に。
いや、実際烏なのだが、あまりの大きさに烏かどうか疑ってしまう。

「ワンド、……『ユメ』を。一番いらないと、心のそこで感じているユメを…」
『了解、メア』

先ほどまでの明るい声は何処にもない。
感情を殺したかのような低い声、そんな声でワンドは答えた。

大きく口が開かれる。

そして……

依頼人を丸ごと飲み込んだ。


ペッ

もごもごと動かしていた口を止めて、吐き出されたものは。


灰色の硝子玉。

「確かにユメ、頂きました。……良い夢を。あなたのいない世界で、あなたの望む夢を」

その硝子玉をつまんで、メアは悲しそうに微笑んだ。

「あーあ、せっかくメアが何度も忠告したのにさ」
「仕方ないさ、彼はそれを望んだわけだしね。」

彼が心の底で一番要らないと思っていたユメ。

それは…


自分に見向きしてくれない世の中ではなく。
自分自身の存在、そのものだったのだ。

お題を払った彼は、もう、この現実には存在しない。

彼の望んだ夢は、彼のいない世界で彼の望んだ通りの展開を見せていた。
彼の仏壇に向かい、誰もが手を合わせ、素晴しいヤツだったと口々に……




望むゆめ、お売りします。
代金?そうですねぇ…あなたのイラナイユメを、頂きましょうか?

勿論、頂いたユメは二度とお返しすることは出来ませんがね…?


End.


後書。
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