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□ありすの物語。
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記憶の中の彼女が笑った。

「――兄様」

暖かな春の日差し、色とりどりに咲く花々。
美しい自然の中で、彼女は微笑んでいる。

「ありす」

彼女の名を呼んで、微笑み返す。

これは、いつの日の記憶だろう。

「いっしょに参りましょう?兄様」

彼女は微笑んだまま、こちらに向かって手を伸ばす。
それに答えるように、こちらも手を伸ばした。

捕まえる為に、もう二度と離さない、そう決めて。

手と手が触れ合う、そう、思った瞬間。

「あり…す?」

自分の手が空を切る。
彼女の手が、姿が、微笑みが。

まるで、空に溶け行くように、消えた。



「…ゆ、め?」

飛び込んできた風景は、見覚えのある天井。
どうやら夢を見ていたらしいと、伸ばしていた手を額の上へと下ろした。

一体、どれだけの時が立っているというのだ。

「いい加減…俺も忘れられれば良いのに…」

それが出来ないという事は、何よりも誰よりも、俺自身が良く知っている。

どれだけ待ったところで、妹は、ありすは、戻ってくるはずなどないと云うのに。


ありすは、好奇心の強い子どもだった。
「兄様」と自分を呼び、何処へ行くにも後ろを付いてきた可愛いありす。

そんなありすが居なくなったのは、もう7年も前のことだ。

「兄様、お庭に変わった兎がいるわ」

そう、俺に告げたのが最後の言葉。
その言葉に、俺が着いて行って居たのならば、何か変わっていたのだろうか。
「ついて行ってはいけないよ」と、一言そう告げていたのならば、或いは。

もっとも、それは所詮『もしも』でしかないのだけど。


記憶の中の彼女が嗤う。

「一緒に参りましょう、兄様」

俺の手を掴んで、緩やかに笑む。

「ありす、待てよ、何処に行くんだ?」
「行けば分かりますわ。兄様」

走って、走って。
一体何処へ行くのか、彼女は教えてくれない。

「さぁ、兄様。こちらですよ」

指差す先には、大きな穴。

これがいったいなんだというのだろう?

「ありす?」

彼女はわらった。

「落ちてください、兄様」


「おい、当てられてるぞ、アリス!」
「…え?」

揺り起こされる感覚、どうやらまた眠っていたらしいとぼんやりと霞が駆る思考の中で考えた。
しかし、ありすのあの笑みはいったいなんだったのだろうか…

俺の記憶の中のありすは、決してあんなふうには嗤わないのに。

「アリス!お前まだ寝ぼけてんのか?起きろ!指されてるっての!!」
「有栖川君…そんなに私の授業はつまらないかい?」

顔を上げると、そこには青筋を浮かべた担当教師が居た。

「あ、すみません…少し…寝不足、で」

素直に謝れば、教師はまだ何かブツブツとは言っていたがどうやら許してくれたらしい。
そのままくるりと踵を返すと授業へと戻っていった。

「どうしたんだよアリス、お前が授業中に寝るなんて珍しいのな」
「あぁ…時兎…最近、ありすの夢を見るんだ…っつか、アリスって呼ぶなって言ってるだろ?」
「ありすちゃんの夢…ねぇ」

腕を組んで何かを考えている時兎を横目で眺めながら、俺はどんどん意識が霞んでいくのを感じる。

――兄様、堕ちてください。

ありすが、嗤って俺の背中を押した。


「これで、ずぅっといっしょですよね、兄様」

記憶にあるよりも成長したように見える彼女が、ニンマリと笑んだ。



End.

□後書□
とりあえず登場人物を。

有栖川ありす
有栖川みどり(通称アリス)
計時兎(はかり ときと)


ありす以外は泉が結構前から考えていたキャラです。
気付いたら何となくホラー。
最初はみどりともう一人、『時任 ましろ(ときとう ましろ)』が織り成すファンタジー…の、つもりで作ったキャラだったんですけどねぇ…
まぁそれは今度リベンジするとして(え)

「影だけのアリスを追いかける誰か」がフ、と思い浮かんだのでこんなおはなしを。(笑)

何時もにましてグダグダですが、少しでもお楽しみいただけましたら幸いです♪

2008/08/29


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