逆門×

□09.闇
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――妖とは即ち、闇、である。
闇から生まれ、闇を生きる。

闇とは、光に惹かれるもの。
相容れないと知っていても、手に入れたいと願ってしまう。

そう、例え相手が、それを望まなくとも。


闇色愛情表現。

「ふ、え」

弱々しい声に、不壊はにんまりと口元を持ち上げる。
側にしゃがみ込んで、三志郎の瞳を覗き込んだ。

「如何した?兄ちゃん」

覗き込む瞳に、何時もの元気はない。
ただただ、不思議そうな色を宿すだけ。

「何で…」
「何で?何でだって、兄ちゃん?」

クツクツと、愉快そうに不壊は笑む。
お前がそれを言うのかと言わんばかりに。

「兄ちゃんが悪いんだぜ?俺があれだけ注意してるって云うのに」

そこで、不壊は言葉を区切る。
三志郎の顎を持ち上げて、息が掛かるほどに顔を近づけて。

「ほいほいと笑顔を振りまくから」

悪い虫がついて仕方ねぇ。

にんまりと不壊は笑う。
三志郎の肩が、小さく震えた。

「さぁて…」

不壊がのんびりと声を上げる。
相変わらず、楽しそうに。

「兄ちゃん、そろそろ入り口だぜ?後は自分で探しな」
「あ…うん」

ポイッと、不壊のコートの合間から三志郎が放り出される。
上手く着地が出来ずに倒れこんだ三志郎の端々に見える、痣。

よたりながらも三志郎は立ち上がると、目前に見える入り口を見据えた。
キュッと口を引き締めて努めて明るい声を出す。

「よっしゃぁ!入り口発見だぜ!」

笑う膝を押さえつけて、走り出した。

入り口をくぐる。

逆さまに、落ちる感覚。
また着地は上手く行きそうにない。
そんなことをぼんやりと考える三志郎の耳元で、不壊が囁いた。

「兄ちゃん、解ってんだろうな?」

それに小さく三志郎は頷く。
そして、目を閉じた。





――ベシャッ

勢い良く、顔面から落ちる。
その痛みに堪えながら、三志郎は目を開けた。

「三志郎ちゃんったらぁ〜、まぁた時間ギリギリよぉ?」
「なんだよ、別にいいだろ?間に合ったんだから!」

あひゃひゃひゃと、愉快そうに笑いかけてくる進行役に、むくれたような顔で文句を言う。

「全くもう!アンタって着地くらい上手くできないの?」
「上手く着地できる方がおかしいんだよ」

仕方ないわねぇ、と手を差し出してくる少女には、憎まれ口を叩く事で手を取らずに立ち上がることを悟られないように。

「いつもいつもそんな着地をするからそんな怪我までするんだぜ?」
「う…煩いなぁ、これくらい、すぐ治るんだから平気だって!」

呆れたように痣を指摘してきた少年には、照れ隠しのような返事を返して。

大丈夫だ、誰も不審になど思わない。
例えばいくら着地が上手くとも付いてしまう痣も、派手に着地して見せればそのせいだと思うだろう。
例えば心配そうに声を掛けられたとしても、相手の言葉に反抗するように立ち上がれば、反感こそ持たれようが、不審には思われない。

触れなくとも、笑わなくとも、その大部分が何時も通りの行動なら、それはきっと誰にも気付かれることはない。

『解ってるよなぁ?兄ちゃん』

耳元で囁かれた言葉が、頭の中で繰り返される。

(大丈夫だ、きちんと約束は守れる。誰にも笑いかけない、誰にも触れさせない)

そうしないと、どうなるのかはすでに体験済みだ。

『聞き分けのないコにはお仕置き、だよなぁ?』

至極楽しそうに口角を持ち上げた、不壊の顔を思い出して、三志郎は小さく身震いをした。







しかし、そう決めた所で、上手く行くとは限らない。







「今日のげぇむはぁ〜ん。二人一組でクリアしてもらうわよぉ?」

さ、適当な相手と組みなさぁい?

ねいどの言葉が、三志郎には死刑宣告にも聞こえた。

「三志郎、僕と組まないか?」
「…あぁ、良いぜ!よろしくな、ロンドン!」

三志郎には、どうすれば良いか分からなかった。
げぇむなのだから、参加しなければならない。
多聞三志郎と言う人物は、仲間に誘われて「嫌だ」と言える人ではない。

参加しなければ、下手をすればげぇむから下ろされてしまう。
「嫌だ」と言ってしまえば、不審に思われてしまう。

だから、不壊の言葉を破ることになっても、三志郎はその言葉に頷くことしかできなかった。






げぇむが終わり、ルーレットが回される。
出た目の通りに飛ばされて、再び入り口探しの舞台に立つ。

と、その途端に不壊に腕をつかまれた。

グイ、と強く腕を引かれ、三志郎は影の中へ。

人通りの多い道だった。
誰かに見られてしまったかもしれない。
しかし、三志郎にはそんなことを不安がる余裕など、ありはしないのだ。

「兄ちゃん」
「ふ…不壊」

三志郎を呼ぶ声は、怒りと言うよりも楽しそうな色を含んでいる。
その声に、三志郎は脅えたような声を返した。

「約束したよなぁ?…言ったはずだぜ?守れなかったら『お仕置き』だって」
「で…でもさ!今回はげぇむのルールが…!」
「煩い」

三志郎の説明を、不壊は冷たく塞き止める。
捕らえたままの腕に、痛いほどに力を込められた。

三志郎の顔が歪む。
そのことに満足したように笑んで、不壊は掴んでいた腕を影で縛ってしまう。

「な…?!ふ、不壊!何すんだよ?!」

今までにない行動に脅えた三志郎は暴れて抵抗するが、大人と子ども、いや、それ以前に妖と人だ。力で三志郎が敵うはずがない。

「お仕置きだ」

冷たく言い放った不壊に、三志郎は恐怖の色を浮かべた。
不壊はクツクツと、愉しそうに嗤う。

そっと、三志郎の顔を、白い手袋が滑る。
慈しむように、緩やかに。
その指先が、瞳の側で、止まる。

「なぁ、兄ちゃん…」

不壊が、口を開いた。
うっそりと嗤う。
まるで、それが最善の策だとでもいうように。

「どうしても他の奴等に笑いかけちまうなら、いっそ…」

この眼を、抉り取ってしまおうか?

眼球に沿うように細い指に力が込められる。
本気で抉り取ろうとするかのように。

三志郎は、何も言えない。
しかしそれは恐怖からではなかった。

(何でそんな辛そうな顔、するんだよ…)

酷い目にあっているのは自分のはずだ。
体中の殴られて出来た痣が痛い。今だって、眼球を潰さんばかりに押さえつけられて、酷く痛む。
それなのに、時折、三志郎を慈しむようになでる腕が、苦しそうにゆがめられる顔が、三志郎に不壊を完全に拒絶させられないでいる。

それに。

(何だろ…ちょっと、嬉しい?)

示す形は乱暴だが、これはある種の嫉妬心だ。
そう思ってしまえば、今までの酷い仕打ちさえ、何だか嬉しいことのように思えなくもない。

「不壊…」

掠れた声で不壊の名を呼んだ。
一瞬、眼球に込められた力が弱まったかのような、錯覚。

「不壊」

掛ける言葉はない。
ただ、その名を呼んで、緩く笑む。

その、穏やかな笑みに、不壊が本当に嬉しそうに、安堵したかのように、表情を緩めるから。

三志郎はまだ、不壊を嫌いになれずにいる。


歪んでねじれた愛情表現。
常の色とは異なった、闇色の心。

ねじれた愛情を示すもの、受けるもの。

闇に染まっているのは、どっち?

(きっとどちらも。徐々に染まって、堕ちて逝く)


End.


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