逆門×

□14寂
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※黒の名前は便宜上『十志朗』になっています。


それは、ほんの気まぐれだった。
何の気なしにカレンダーを見て、そういえば。と思っただけ。

「ほらよ、兄ちゃん」

大して値が張るわけでもない。
どちらかといえばワンコインで買えるようなもの。

そんな代物に、三志郎は酷く喜んだ。

「不壊、ホントにくれるのか?!」
「あぁ。誕生日だろ?」

プレゼントだと告げてやれば、パァア、と表情が明るくなる。
覚えててくれたのかとはしゃいだ声を上げて、嬉しそうに笑った。

くるくると忙しなく変わるその表情を見るのが、楽しい。

三志郎がクイ、と袖を引いた。

「不壊、不壊!」
「なんだい?」

そういえば聞いて無かったよな、と前置きをして、三志郎は訊ねる。

「不壊の誕生日はいつなんだ?」
「あ?プレゼントでもくれるのかい?」
「おう!とびっきりに驚くもの、用意してやるからな!」
「そうかい…期待しねぇで待ってるよ」

揶揄するような不壊の言葉に、むぅ、とむくれた三志郎。
その表情に穏やかな笑みを見せながら、三志郎よりも早い誕生日を告げる。

「え?!」大きな瞳をさらに大きく見開いて、三志郎は声を上げた。

「もう過ぎてるじゃねぇか!…来年、来年はきっちり祝うからな!覚悟しとけよ、不壊!」
「ハイハイ」

ジロリと睨みつけるように、指を突きつけて三志郎は告げる。
宣戦布告、というように。

そんな三志郎に、不壊はあしらうように、軽く返した。


とびっきり。
そういって笑う、三志郎の言葉を信じていなかったわけではない。
ただ、それに対して嬉しそうに笑うのは、自分の性に合わないからと、からかうような態度を取って見せただけだ。

三志郎が嘘をつくことは少ない。
特に、今回のように張り切っているときは、期待以上のことをしてくれると、不壊は知っている。

だから、密かに楽しみにしていたのだ。

後半年の自分の誕生日に、三志郎は一体何をくれるのかと、密かに。




それなのに。



慌しく、勝手知ったる様子で家に飛び込んできた幼馴染が叫んだ。

「不壊!大変っ」
「あぁ?なんだい?ハル」

勝手に入ってくんな、と口にしようとして、その珍しく真剣な顔に息を呑む。

「三志郎君が!!!」

飛び込んできた言葉は、嘘だと思った。
嘘に違いない、と。

エイプリルフールでもないのに、騙されてたまるか。
そんな、そんな。

「海に落ちて行方不明なの!」





頭が、真っ白になるって言うのはこう云うことなのかと、どこかで冷静に考える奴がいた。


「嘘……だろ?」

呟く不壊にハルはゆるく頭(かぶり)を振る。
うつ向き気味に、徐々に小さくなっていきながら、三志郎の身に起きた状況をポツリポツリと話して行く。

「三志郎君…亜紀ちゃん達と町に遊びに行こうとして定期船に乗ってて…波が、酷くて、船が揺れたらしいの。
…その時、定期船から海に放り出されそうになった人を助けようとして海に落ちたって…」
「…兄ちゃんは…」
「波が酷くて、浮輪を投げても飲み込まれちゃったって…三志郎君、浮輪に掴まったみたいなんだけど…波に浚われて行ったって…」

沈黙が落ちた。
フラリと立ち上がった不壊を心配そうに見やりながら、それでもハルは何も言えずにいた。

行く場所は分かっている。
話を聞いた誰もが向かう場所。

つまり、港だ。




どんよりと、重い。
憂鬱な心をそのまま映したかのように厚く、灰色の雲が掛かる空。

波は大きく、激しく。防波堤を強く打っている。
この中に、落ちて、呑まれて。

果たして、無事でいることができるだろうか…?

港で膝を付きながら、不壊は珍しくも感情を素直に顔に出している。
それは、“絶望”と云う色を、していたのだけれど。








三志郎は死んだ。




そう判断が下るまで、そう長い時間は費やさなかった。

3日。
たったの3日でその判断は下された。

捜索隊が立ち去り、三志郎の両親が泣き崩れる。
涙こそは見せないが、幼馴染も、親友も、誰もが鉛を飲み込んだように重たい心境の中、ただ一人。

「…本当に、馬鹿ですねぇ、三志郎君」

ポツリと呟いた弟―十志朗―だけは、うっすらと口元に笑みすら浮かべていた。

もっとも、そのことに気付いたものは、誰一人として、いなかったのだけれど。






月日は、一つ、また一つと過ぎてゆく。

まだ三志郎が死んだとは信じられなくて、不壊は今日も港へ向かう。

遺体も、あがらない。
骨も入っていない骨壷を収めた、空弔い。(カラトムライ)

そんな状態で、死んだと認めろなんて、認めろ、なんて。

泳ぎが得意な三志郎のことだ。
いつかひょっこりとあの笑顔を見せてくれるのでは、なんて。

現実的ではない考えさえ抱きながら。


不壊の誕生日まで、あと、一ヶ月。
小さく溜め息を付いて、揶揄するような声質で。
そこにはいない三志郎に、不壊は語りかける。


「兄ちゃんでも、約束破ることがあるんだねぇ?」
期待させといて、こんな仕打ちはねぇぜ。

冗談でもやめて欲しい。
こんな、自分がいなくなることがプレゼントだとでも言うかのような事は。


毎日、毎日。
不壊は港を歩く。

希望などないと知りながら、最早癖のように。
朝早く歩き、昼休みに食後の運動だと歩き、眠る前にもし居たとしても気付けない様な闇の中を、歩く。

その姿を見て、笑う人など誰一人としていなかった。
愚かだと思うものなど、誰一人として。

なぜならば、アレは不壊ではなくて自分だからだ。
それをするだけの勇気がないだけで、誰もが三志郎が生きているのではないかと言う儚すぎる夢を見、縋っている。


そう、笑う人などいなかった。




不壊と三志郎が約束した、不壊の誕生日を向かえるまでは。

それは、早朝。

「まだそんな事を続けているんですか?全く」
「…黒」

十志朗が笑う。
双子だと言うのに、三志郎とは全く違う、まるで嘲るかのような顔で。

不壊が問うた。
一体何の用なのかと。

その言葉に、十志朗は深く、深く溜め息をついた。

「非常に…不本意なのですがね……」

そういって、何の事かと首を傾げていた不壊の腕を掴む。

「貴方を連れて行かないと彼が煩いんですよ。だから、ついてきてください」
「ちょ、待てよ黒、一体どこへ行こうってんだい?」
「いいから黙ってついてきてください」

訊ねる不壊の言葉をピシャリと跳ね除けて、十志朗はずんずんと進んでゆく。
自分よりも背の低い十志朗に引っ張られて、転びそうになりながらも不壊が辿り着いた場所は、

「……病院?」
「えぇ、見ての通りです」

おはようございます、と、すれ違う看護師に声を掛けながら十志朗は進む。
相変わらず不壊の腕を掴んだままで。

「ここです」
「おい、ここって言ったって…」

一体誰の病室なのだと尋ねるより先に、十志朗は静かにドアを開けて中へ入る。
慌てて続くように入った不壊が扉を閉めている間に、仕切り代わりのカーテンの向こうで、看護婦と十志朗が話をしていた。

「おはようございます」
「あら、今日は随分と早いのねぇ?…あ、もしかして、今日なのかしら?」
「えぇ、昨日散々ねだられてしまったので…構いませんか?」
「勿論よ。ただし、」

そっと、不壊はカーテンの間から中を窺い見る。
看護婦がにこりと微笑みながら「起こさないようにね」と、人差し指を唇に当てた。

看護婦が体をずらしたその間から、覗いた顔、は。

「に…ッ?!!」
「静かにっ!」
「ぐっ…!!!」

思わず大声を上げそうになった不壊の腹に拳をたたきいれながら、小声で十志朗が制止の声を上げる。
もっとも、制止など入れずとも、綺麗に鳩尾に入った拳のせいで、不壊は声すら上げられなかったのだが。


「一体、どういうことだい?」

暫くして、漸く痛みも納まったらしい不壊が問えば、十志朗は小声で答える。

三志郎の捜索が打ち切られたその日、港から数キロほど離れた海岸に倒れていたのだと。
すぐに全員にそれを知らせなかったのは、意識が戻らなかったから。

もしもこのまま戻らなかったら、両親の精神に追い討ちを掛けることになる。

そして、意識が戻ってもなお、知らせなかったのは。

「記憶喪失?」
「えぇ、額に傷があったのでどうやら何処かでぶつけたようなのですが、そのショックで一時的に記憶が綺麗になくなっていたんですよ」



『…ここ…?』

真っ白な部屋の中、駆け寄った十志朗に向けて、三志郎の口から出た言葉は。

『“サンシロウ”って……オレの、事?』



そんなお約束な…と、思わず思ってしまったことは置いておいて、不壊は気になったことを口にする。

「だが、港から数キロって…なんで捜索隊は見つけられなかったんだ?」
「見つけられるわけがないじゃないですか」

不壊の言葉に十志朗は間髪いれずに答えた。
呆気にとられている不壊を尻目に、もう一度「見つけられるはずがない」と呟く。

この荒れ模様では、無事であるはずがないと、諦めにも似た気持ちで探していた捜索隊に、見つけられるわけがない、と。

十志朗が、必死になって、信じて、探したからこそ、見つけたのだ。

十志朗の言葉に、思うところがあったのか、不壊は黙っている。

暫しの静寂。


「ん…」

その静寂を崩したのは、ベッドの中で眠っていた主。
駆け寄ろうとして、不壊の足が止まる。

もしも三志郎に『誰?』と問われて、平常でいられる自信がなかった。
その反応が、さらに三志郎を傷つけてしまったとしたら、自分は一体どう責任を取れば良い?

そんな不壊の葛藤が手に取るようにわかった黒は、こっそりと笑む。

毎日毎日「不壊が」だの「約束が」だの、聞かされていた鬱憤をはらしたって罰は当たらないだろう。

「三志郎君」
「黒…おはよ」

にへら、と笑う三志郎に同じように緩く笑んで、十志朗もそれに返した。
そして、まだ考え込んでいる不壊を無視して、穏やかな声で告げる。

「三志郎君、昨日約束したでしょう?」
「きの…う?」

起きたばかりで頭が回っていないのだろう。うぅん、と考えている三志郎の視界に入ったのは、一房の銀。
その色に、一気に覚醒したらしい、がばりと勢い良く体を起こして、三志郎は嬉しそうに笑んだ。

「不壊!」
「兄ちゃん」

ホッとした様子の不壊に気付いているのかいないのか。三志郎はさらに続ける。

「誕生日おめでとう!」





とびっきりに驚くものをくれると言った。
何をくれるのかと思っていたら…

なるほど、これは確かに驚く。
最高の贈り物だ。

あまりにも出来すぎていて、まさか海に落ちたところから計算されていたんじゃないかとさえ思ってしまう。
もしそうだとしたら、心臓にわりぃからもう二度とこんな茶番はよしてくれよな?

「ごめんな」

何を謝るのかと思えば、「プレゼント用意できなくて」と、兄ちゃんはすまなさそうに笑う。
「来年は絶対用意するからな!」と意気込む兄ちゃんに、こっそり笑んだ。

分かってないねぇ?

声が聞けて、

笑ってくれて、


「不壊っ!」
「うぉっ?!いきなり飛びつくんじゃねぇよ、あぶねぇ」

ふざけてじゃれ付いて来て。

「もう退院して良いって言われてんだよ」
「そうかい」

手を繋いで、

「じゃぁ、帰るかい?」
「おう!」

一緒に歩く。

それだけで、最高のプレゼントなんだぜ?

あぁ、そうだ。
こんなに嬉しいものをもらったんだ、たまには素直に口にしてみようか?


しかった、と。

End.

(ま、言えねぇけどな?)
(?どうしたんだ?不壊)
(いや…帰るぜ?兄ちゃん)
(…どうでもいいですが不壊、私に感謝の一つでもしたらどうですか?/怒)


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