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□サンプル。
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【文車妖姫】-サンプル-
徒然なるままに、貴方様への想いをしたためましょう。
会えぬ日も、会える日も。
ただ貴方様を思う気持ちを、この文に。
この文を、渡す日は、来ないのかもしれません。
それでも構わないのです。
貴方様を想う、その気持ちが、私の生きる糧なのですから。
構わないのです。
…構わないと、思って、いた、のに。
やっぱり……貴方様と添い遂げとうございました。
あぁ…それでも私には時間がない。
後数刻もすれば、私は…
こんなにも貴方様のことをお慕い申しておりますのに…
こんなにも。
こんなにも。
こんなにも。
…貴方様に、逢いたい。
文 車 妖 姫 。
「もし…」
声が掛かる。
振り向けば、穏やかに笑む女がいた。
「どうかしたのかい?」
問えば、女は懐から一通の手紙を取り出す。
「宜しければ、読んでください」
そうとだけ言って、女は去ってゆく。
小首を傾げながらも封を開く男。
その瞬間、男の体は崩れ落ちた。
「流行り病?」
店に遊びに来ていた亜紀にお茶を出しながら、三志郎が問う。
そのお茶を一口含みながら、亜紀は頷いた。
「ここ最近、突然倒れる人が続出してるのよ」
茶菓子に手を伸ばしながら、亜紀はさらに続ける。
「昨日も二人店に来てね。倒れた事自体は貧血みたいだったんだけど。様子がおかしいのよ」
あ、これ美味しい。と茶菓子をつつく亜紀に、それは今日の一押しだと告げながら、三志郎は首を傾げた。
「様子がおかしいって?病気じゃないのか?」
「それがね」
亜紀が身を乗り出す。
「何の反応もしないのよ。空っぽの人形みたいなの。あと、この病のおかしなところはね」
そこで一度言葉をくぎる。
三志郎が身を近づけた。
「お…「フエ!ちょっと待った!」
亜紀が口を開きかけた途端、三志郎が突如身を翻して(ひるがえして)叫ぶ。
一体どうしたのかと誰もが思った。
声を掛けられた、フエさえも。
その手には、白い封筒。
三志郎はそれを取り上げる。
しかし、ここで三志郎はミスをした。
取り上げた時に手紙が風で開けて(ひらけて)しまったのだ。
「あ…」
三志郎が小さく声を上げる。
そして。
「兄ちゃん?!」
「三志郎!?」
三志郎の体が床に伏す。
店に、悲鳴が響き渡った。
カサリ、乾いた音を立てて手紙が落ちる。
「流行り病の患者は…全員が男性なのよ」
倒れた三志郎の様子を見ながら、亜紀は小さく呟いた。
***
店にいた客を全員返して、フエは倒れた三志郎を部屋に寝かせる。
そんなフエに、亜紀は告げた。
「脈も呼吸も正常よ」
その言葉に、フエは安堵の息を漏らす。
しかし、亜紀の心配はまだ終わってはいない。
「後は…目を覚まして、何事もなければいいんだけど…」
小さく呟いた言葉は、フエに届く前に風に溶けた。
「ん…」
僅かな声を上げて、三志郎がゆるゆるとその目を開く。
その瞳は、常とは違っていた。
「三志郎?」
「…亜紀、か?」
掛けられた言葉に返事はすれど、三志郎の目線は一向にこちらへは向かない。
嫌な予感が、亜紀の心中を埋め尽くす。
「……アンタ…まさか…」
「わりぃ…はやり病…妖の仕業みてぇ…だ」
不安が、現実になった。
「兄ちゃん、大丈夫なのかい?」
「フ…エ…」
桶に水を汲んできていたフエが声を掛ければ、返って来た声は想像していた以上に弱々しい。
フエの顔に、不安が走った。
「…三志郎は流行り病にかかってるわ。……尤も……狙いはあんただったみたいだけどね」
「亜紀」
亜紀の言葉に、フエは絶句するばかり。
こうなる事が分かっていたのだろう、三志郎は小さく亜紀を咎める様な声を上げる。
「そういう事、言うなって…フエ、オレは平気だから」
「なにが平気なのよ。事実でしょ?でも…あんたは喋れるし…笑えるのね?」
不思議そうに首を傾げる亜紀に、フエもそれは思ったのだろう、そう言えば、と口を開いた。
「確か流行り病の患者は全員、生きた人形みたいになるんじゃなかったかい?」
「そのはずなんだけど…」
「オレは…護ってくれる妖がいるから…体は起こせないし、すっげぇ疲れるけど、な」
三志郎はそう言って目を閉じる。
何かを考えるのも辛い意識の中、探し出すのは自分を護ってくれたのであろう雷火の姿。
周りが黒で塗りつぶされた意識の中、鋭い瞳と、目があった。
(ありがとな)
心中で呟けば、雷火はすまなさそうに目じりを下げる。
どうしたのかと小首を傾げていると、雷火は普段の好戦的な姿からは想像のつかないほど弱々しい声で告げた。
『すまない主…主を…護りきれなかった……』
(別にいいってば。今回は、オレの不注意だし。声が出せるのはすげぇ助かるしな!)
ニコリと、三志郎は笑う。
手紙を取り上げた時、自分の起こしたミスが原因なのだから、気にしなくて良いと。
そんな三志郎に、雷火は漸く穏やかな表情を見せるのだった。
フ、と意識を浮上させて、目を開く。
おそらく、目を閉じていたのは一分にも満たないだろう。
それでも、視界に真っ先に飛び込んできたのは、心配そうな二人の顔だった。
「……だから、ンな顔…すんなって」
こんな事になったのは自分のミスなのだから。
思考が上手く回らなかったのだ。
危ないものをフエが持っていて、それをどうにかする事しか頭になかった。
良く考えれば、フエに見るなと叫べばよかったのだ。
何も自分が取り上げなくとも。
「…あ」
不意に、三志郎が声を上げる。
その声に、フエが側に寄った。
「どうした?兄ちゃん」
気だるそうな顔をフエに向けて、三志郎は困ったように眉を下げる。
「店、どうしような?フエ」
その言葉に、フエは勿論、亜紀も盛大が溜め息をついた。
「兄ちゃん…あのなぁ…」
「三志郎…あんた、今考えるのはそこじゃないでしょう?」
「え?でも…明日は確か人がいっぱい来る日…だろ?人手…足りなくなっちまう…」
何かを考えるたびにズキズキと鬱陶しい鈍痛を訴えてくる頭を押さえながら、三志郎は呟く。
そんな三志郎の手をやんわりと握ってやりながら、フエは告げた。
「明日の事はどうにかなる。だから、兄ちゃんはンな事気にしなくていいんだぜ?」
「そうよ、とにかくあんたはその原因をどうにかする事だけ考えなさいよね!」
二人の言葉に、三志郎は短く頷く。
そして、亜紀のほうへと顔を向けて、告げた。
「亜紀…頼まれごと、してくれねぇ…か?」
「何よ?」
一言話す度に荒くなる呼吸を抑えながら、三志郎は口を開く。
「修に…伝えてくれね…?手…紙……知らない人…からの…手紙…に…」
「分かったわ。石頭には私がきちんと伝えてあげるから、あんたは寝てなさいよね!」
三志郎の言葉を的確に捉えて、亜紀は三志郎の言葉を遮った。
そんな亜紀に、三志郎はありがとう、と緩く笑む。
「ほんと…亜紀って、やさし…よ…な」
「何言ってんのよ!いいからさっさと寝る!いーい?」
「ん…」
頷いて、もう目を開けているのも疲れたらしい三志郎は大人しく目を閉じた。
数秒もしないうちに寝息が聞こえ始める。
それを見て取って、亜紀は腰を上げた。
「さて、それじゃぁ私はそろそろ帰るわ。石頭に伝えなきゃいけないこともできたし…」
「あぁ」
立ち上がる亜紀に合わせてフエも立ち上がる。
そして、玄関まで亜紀を送り届けながら、フエは告げた。
「今日は…ありがとな、嬢ちゃん」
「な?!何よ、いきなり!普段そんなこと言わないのにいきなり言われると気持ち悪いわね…」
酷い言い草であるが、それだけ亜紀にとってはフエの一言は衝撃的だったのだ。
普段喧嘩はしても礼など言われた事のない相手からの礼。
何かあったのかと勘繰りたくも成る。
…確かに三志郎に思いもよらない事が起きているのだが。
テレからか、ほんのりと頬を染めながら亜紀はとにかく、と言葉をつなげる。
「三志郎のこと!ちゃんと見てなさいよね!」
「あぁ、分かってるぜ?」
* * *
「石頭、いる?」
門の前に立ち、亜紀は中へと声を掛ける。
門に立っていた人物が何か声を上げるより先に、石頭と呼ばれた修が不機嫌そうに表に出てきた。
「君か…僕の名前は里村修だと言っているだろう。石頭など呼ばれる覚えはない」
「いいじゃない、呼び方くらい」
「良くない!」
いまだ呼び方を抗議する修の前に手を翳して、亜紀はそんなことより、と言葉を遮る。
「三志郎から、伝言預かってきたのよ」
「…?三志郎から?」
なんだ、と訊ねてくる修に、亜紀は告げた。
三志郎が亜紀に告げた言葉を、一つ残らずに。
「見知らぬ女からの文…か」
「えぇ、流行り病の原因は妖だったみたいよ」
ウム、と頷きながら、修は腕を組み、答えた。
「それなら…町中に触れを出そう。女に限らず、見知らぬものからの文は受け取らないようにすればいいだろう。古人曰く、備えあれば憂いなし、だからな。」
そう答えながら、修は首を捻る。
「それはそうと…三志郎はどうしたんだ?いつもならアイツが真っ先にここに伝えに来るだろう?」
修だけではなく、この町の警察官全体と仲が良い三志郎だ。
亜紀に使いを頼むよりも、自分が動いた方が早いということを、誰よりも三志郎自身が良く分かっているはずだ。
それなのに何故君が来るんだと、修は言外に尋ねている。
そんな修に、言ってもよいものかと考えながら、亜紀は口を開く。
「ちょっと…店から出られないのよね」
あまりの長さに何処まで乗せていいのか分かりません(苦笑)
主要登場人物はこのほかにシキ咲コンビかしら。
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