小説部屋・モノノ怪

□縁
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 そらりす丸の甲板、海座頭により幻覚を見せられた佐々木兵衛が気になり、ふらりと来てみた。
「今まで…有難う…」
折れた愛刀に涙ながらに別れを告げているようだった。
 邪魔をするのも悪い。一人にしようと足の向きを変えたら、乾いた音と佐々木の悲鳴が聞こえた。
「忘れないよ…ずっと…」
右目を押さえて、笑いながらそんな事を言っていた。
「兵衛殿、目を」
「放っておいてくれ…」
「おけませんから」
佐々木の右目を見ると、割れた破片が見えた。
 一つ、また一つと丁寧に取り除く。
 破片を全て取り除き、佐々木の手を持ち、薬箪笥が置いてある場所まで誘導させた。
「少しの間、目を擦らないで下さい」
手ぬぐいで佐々木に目隠しをして、急いで薬の調合を始める。
 水を加え、何度も、粉が更に細かくなるように、丁寧に。
「少し、染みますよ」
濾斗に濾紙を敷き、そこに先程調合した薬を流し込む。濾紙から染みだした薬の溶けた水が、佐々木の目に入る。
「ぁあっ!!」
「我慢して下さい。目が瞑れてしまいますから」
薬を差し、また手ぬぐいで目隠しをする。
「済まないな。暫く目を開けないでいてください」
「これが取れるのはいつだ?」
「ちゃんと取りに来ますから。大丈夫ですよ」
少し不安感のある佐々木の声に優しく答え、佐々木の頭に手を置き、髪に指を通した。
 潮風に当たっていたせいか、きしんでいた。
「髪、洗わないと痛みますよ」
畳に置いていた俺の手に、佐々木が手を重ねてきた。嫌な気はしなかった。
 背中合わせに座り、更に手を重ねてくる。
「不安なんですか?」
「少し…」
「大丈夫、ですよ」
夜、やっと手ぬぐいを外した。
 頼りない灯かりの中、辺りを見渡す佐々木を眺めていた。
「見えますか?」
「あぁ…まだ、ぼんやりとしているが、見える」
一安心したため息をつくと、暗がりの中突然唇を重ねられた。
 思わず佐々木の事を突き離すと、甲板へと駆け上がってしまった。
 夜風に当たり、気持ちを落ち着けていると今度は幻殃斉が来た。
「あんたも眠れないのか?」
「まぁ…」
隣に立ち、二人で海を眺めていた。
 あんなことの後だ。眠れないのだろう。
「ちょっとやりたい事があるんだが、良いか?」
「何ですか?」
「まぁ、確認だな」
海を見たまま、そんな会話をしていた。
「了承してくれないのか?」
「構いませんよ…」
そう言うと後ろから抱きつかれた。
 さっきあんなことがあったばかりだ。小さく声も上がっただろう。
「…帯のせいで細いか太いか分からんな」
つまらなさそうにまた、隣で海を眺める。
「幻殃斉殿こそ…」
仕返しのつもりで後ろから抱きついてやった。
「ぅわ!?何をす…ぶははっ!」
「意外と細いんですね」
縁に手をかけ、扇子で口元を隠して息を調える幻殃斉を見ていた。
「あんたなぁ…擽りは禁止じゃないのか…?」
「ん?」
「お返しだっ!!」
脇から手を入れられ、笑い出してしまう。
 身悶えし、止めてくれず、どうにもならない。
「ちょ…ちょ……待って…」
息も耐え耐えに頼むと、やっと手を離してくれた。
 縁によりかかり落ち着かせていると、どちらともなく吹き出してしまう。
 何も可笑しい事など無いのに、涙が出て腹がよじれる程笑った。
「あんたは、江戸に行ったら、どうするつもりなんだ?」
「さ、さぁ…江戸には人が居ますから、暫くは江戸の中に居るんじゃ、ないでしょうか?」
パチン。と扇子を閉じ、俺に近づいてきた。
「あんたと一緒に居ると面白そうだ。暫く同行させてもらうぞ」
「良いですよ。何が起こるか分かりませんが」
そんな形で暫くの間、幻殃斉と一緒に居る事になった。
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