小説部屋・モノノ怪

□亜麻髪の君
1ページ/4ページ

 ずっと昔の話です。

 雅やかな都から離れた竹林の奥に小ぶりながらも繊細な屋敷がありました。
 屋敷の主は黄金色に程近い茶髪の女性。「亜麻髪(あまかづら)の君」と貴族の間で呼ばれていました。
 小さな屋敷に住んでいる人間は亜麻髪の君一人ですが、この女性はそれで淋しくありませんでした。
 なぜなら、亜麻髪の君は陰陽寮に勤める程の能力を持っていて、屋敷の中には式神がいたのですから。
 不思議な力を持った亜麻髪の君も美しい年頃の娘。それは沢山の貴族の殿方から婚姻の申し入れがありましたが、全て断っていました。
 時折都に姿を見せ、妖怪や病気で困っている人々を助ける事が出来なくなるのが嫌だったのです。
 都の帝も亜麻髪の君の噂は知っていました。隠れて陰陽の力を使う事は法に反することですが、貴族の姫君達の相談役としても貴重な存在の為、特例に陰陽の力を使うのを許した程です。

 満月のある夜、亜麻髪の君の屋敷の庭に一匹の白いキツネが迷い込んできました。
 よくよく見れば怪我をしているではありませんか。きっと珍しい白いキツネだった為に狩りの的とされたのでしょう。
 式神達に白いキツネを手当てする様に伝え、亜麻髪の君は一人で月夜の縁に居りました。
 程無くして竹林の中から一人の男性が現れました。手には弓。この男性が白いキツネを狩りの的としたのでしょう。
 何方か存じませぬが私の屋敷に何か用事ですか?と尋ねると、キツネ狩りをしていて迷い込んだと男性は言いました。
 貴方が私を追い回したのですね。と男性に問うと、先程の白いキツネは貴女なのですか!違うキツネ達に追われていたのですが、怪我はされておりませんか?と予想外の返答に驚きを隠せない亜麻髪の君ですが、キツネでも驚かないのですね。と尋ねると、同じ生き物ですから。と返ってくるのです。
 満月とはいえ、この竹林では道に迷います。都まで案内致します。と言えば、それでは貴女の帰り道が心配でなりません。同じ目に逢うどころか、きっと殺されてしまいます。と押し問答となってしまいました。
 亜麻髪の君がどうしたものかと困っていると、男性は、夜明けまで軒下を借りれないだろうか?と切り出してきたのです。
 貴女の屋敷に上がろうとは微塵にも思っておりませぬ。夜明けまで軒下に私が居れば貴女を追い回していたキツネらも、近付くのは難しくなりましょう。
 真っ直ぐな男性の言動に亜麻髪の君は耐えられずに、クスクスと笑い出してしまいました。
 申し訳ございません。貴方より一足早く訪れた怪我をした客人が心配で、少々貴方を探らせていただきました。と亜麻髪の君が謝ると男性も、そうでございましたか。私も貴女と話がしたくて一つ偽りを申しました。と謝る男性。
 それは何ですか?と尋ねると、他のキツネに追われていたのでは無く、罠にかかっていたので罠を解いたのです。珍しい白い体をしておりますので、何かの使いかと思い、手当てをしようとしたところ、逃げ出してしまったので、追い掛けていた次第です。と答えました。
 初めて会ったにも関わらず話を長々としていると、白い烏帽子に白銀の髪をした式神の一人が、手当てが終りました。と亜麻髪の君に伝えに来ました。ご覧になりますか?と亜麻髪の君が男性に尋ねると、見舞いたいのですが怪我をしている時に追い回した輩でございますから、私は会わずにおきましょう。と答え、男性はそのまま一晩軒下を借りて、夜明けには矢を一つ置いて立ち去りました。
 普通の人ならば矢を見ても何も思わないでしょうが、方術に通じている亜麻髪の君には意味がわかりました。
 射込まれた矢を主の元に返す「返し矢」という術に手紙を付けて射ってくれという事です。

 白いキツネと男性が迷い込んでから数日、キツネの傷も癒えて走り回れる程となった日の晩、亜麻髪の君は手紙を書き認め、手紙を返し矢で送りました。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ