CHRONO TRIGGER
□帰ってきた王妃
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どこか遠いところで人の声が聞こえた気がした。風が彼女の上を通る。
声が最初よりはっきり耳に届くと、そこに金属のぶつかり合う音と梢の揺れる音が混じっているのがわかった。背中には冷たく硬い感触がある。彼女は自分の中に、ゆっくりと安堵が広がるのを感じていた。細く開いた瞼の隙間から光が差し込んだ。
「クロノ?」
「お気づきになられたぞ」
完全に目を開けて上体を起こすと、その後を追うように金色の髪の束がマールの背を打った。彼女の目に、当然いると思っていた赤い髪は映らなかった。そのことがまず、彼女の呼吸を苦しくさせる。
「リーネ王妃様、お加減の悪いところはございませんか?」
「王妃様、お手をどうぞ。王に早馬を!」
「ここは……?」
リーネ広場の石畳にいるのだと思っていたマールは、続ける言葉を見つけることができなかった。体中から温度が消えていくようだった。
せせらぎの音と葉のこすれ合う音はするが、祭りの賑わいはどこにもない。目の前で風に揺れる木々の葉は色づいている。広場の木は青々とした葉をたたえていたのに。先ほどからときおり抜ける風も心なしか冷たかった。
「トルース村の裏山にございます」
「トルース……」
聞いたことのない名前だった。答えた兵士の甲冑もひどく旧式な、見慣れぬものだ。表情を曇らせたマールは胸元に手をやるが、そこにあるはずのペンダントは消えていた。空をつかんだ手を開いてみて、目を閉じる。
「さあ、ひとまず城へ戻りましょう。王も心配しておいでです」
促されるままに立ちあがった彼女の目に映るのは、木々の切れ間から覗く見知らぬ街並みだった。城、という言葉につられるように一歩、また一歩と足を前に出す。
歩くたびに腰になにかがぶつかっていた。それがボーガンの入った筒だと気づくと、胸に掻き抱く。
それだけがさっきまで自分のいた広場と、クロノと繋がっているもののように思えたのだ。