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□隔たり
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「なに、三蔵?」

きょとんとした悟空の表情に、無意識で見つめていた事に気付く。

「……何でもねえ」

ふいっと顔を逸らして袂から愛煙を取り出す俺を、悟空はじっと見つめていた。

この世に二つとない金色の瞳は、時折何もかも見透かしているようで怖くなる。

お前には絶対知られたくない。

こんな独占欲めいたどす黒い気持ちが、渦を巻いているなんて……。

まだ火が点いていない煙草をギリッと噛み締めた。

「なあ、なんか…」

釈然としない様子の悟空は、俺を見つめながら言葉を紡ぐ。

「怒ってねえ?」

「……怒られるような事をしたのか?」

「してねえよ!……多分」

「何だ最後の多分ってのは……別に怒ってねえよ」

漸く火を点した煙草を吸いながら、目の前に広がる川を眺める。

「ふうん、ならいいけど」

納得してないような声だったが、それ以上は詮索して来ない単純さが今は有り難い。

悟空は視線を下に落とし、何やら手元で作業している。

四苦八苦しながら完成したのは、笹の舟だった。

「下手くそ」

「いいだろ、別に」

ムッと膨れながらも歪んだ舟を川にそっと下ろすと、舟は流れに沿ってゆっくりと進んで行った。

悟空は沈む事なく流れて行く舟に満足して、嬉しそうに微笑んだ。

あっという間に見えなくなった舟を想う。

人の心も、流れに沿って最終地点に辿り着く。

多少分かれ道はあっても、一つの川ならば終着点は一つしかない。

俺の心も多分同じ。

悟空は、俺の世界だけに閉じ込めておく訳にはいかないんだ……。

「悟空」

呼び掛けると、下流へと視線を送っていた茶色い頭が振り返った。

「何?」

何か察したのか、先程からいつもの騒がしさはない。

真剣な瞳。

昔から変わらない、太陽のような強い光。

―――実は密かに気に入っていた。

「旅が終わったら…」

たいして吸わずに灰となった煙草を、木の根元に捻り潰す。

「俺から離れろ」




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