御話

□死の淵で美しいものをみた
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こりゃあ出血が酷すぎるやこれ以上歩けないと思った矢先に目の前が真っ暗になってその場に倒れこんでしまった。
意識がぶっ飛びそうになる体を無理矢理起こして上身を壁に預けるとそれきりもう動ける気がしなかった。脇腹からは止めどなく血がドクドクと溢れているし目の前もチカチカして思考もまとまらない。
右手に握る獣の槍が重くて重くて。
救いようのない現状に"死"という単語が脳裏を掠める。
いいや、駄目だ。こんな所で誰が死ねるもんか。
せめてとらがいてくれたらと思う。
そうだ、とら。とらは無事だろうか。
三時間前に妖の奇襲にあってはぐれてからそれきりだった。
ああ、とら。悪いな。俺ヘマしちゃったよ。
でも大丈夫。少し休んだらすぐに助太刀に行くからさあ。
言ったはいいものの最早 痛みの感覚すら無く体は起きているのか倒れているのか。
思考は宙に浮いている。
腹の穴からの出血は止まらない。
ああ、とらぁ。ごめん。俺やっぱり死んじまうかもなあ。
獣の槍が鳴っている。
妖が近くに迫って来ている証拠だ。
どうすることも出来ない。出血で死ぬか、妖に喰われて死ぬか。どっちが早いかの差だ。
ごめんよ、とらぁ。お前に喰われてやれないなあ。
槍の震えが強くなる。
お前も恐ろしいのか。いや武者震いか。お前は俺より強いもんなあ。
妖が姿を現す。
見つかっちまったか。ひいふうみい…あれ二匹も増えてるじゃないか。ツイてないなあ。槍よ、お前は戦いたいのか。だけどごめんよ、俺はもう動けないや。お前だけでも逃げてくれ。出来るだろ、他の候補者の所に俺はもう駄目だって伝えてくれ。
妖たちが襲いかかる。
もう何の音も聞こえない。腹の穴も重い体も。死という概念すらも、無い。
ほんの一瞬の事だった。
幻覚かもしれないなと思った。
人が死ぬ前に見るあれかとも。
どちらでも良かった。
夢だろうが幻覚だろうが確かに俺は見たのだ。
一匹の金色の妖が一瞬にして他の妖をその炎で焼きつくしたのを。
働かない頭一杯に綺麗だなと思った。太陽みたいだ。
金色の妖がこちらを向いて微笑んだ。
――勝手にくたばるんじゃねえぞ、うしお。
ああ、とらか。とらだったのか。気がつかなかった。お前こんなにも綺麗だったんだなあ。
言いたいけれど頭の中がわんわん鳴って煩くて。
何か言ったか聞こえねえよとすっかり見慣れた金色の妖は俺を担ぎ上げると月に向かって一言吠えた。







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