ぬらりひょんの孫 短編 弐
□●人形遊び
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書道家のアトリエのような風貌の建物
縁側は風通しの良いように、襖も障子も開け放されていた
中では健康的な褐色の肌の男が、一点に集中して筆を走らせていた
「鏡斎どう・・・哉?」
目元の涼しげな男が声をかけようとしたが、語尾を小さくして訊ねた
邪魔をしないようにと、男は壁にもたれかかるようにして待っていることにした
もちろん、<鏡斎>と呼ばれた男は集中しているためか、自分のアトリエに入ってきた男に気付いていない様子だった
その間に何かの気配を感じて、男が顔を上げれば、目の前にケースにも入っていない<人形>がジッとこちらを見ているように見えた
ガラス玉のような人形は、和風のこの家とは明らかに正反対のハイカラな服を着ていて、普通の子どもと同じぐらいの等身大のものだった
等身大ビスクドール
髪も金色の緩い巻き髪に、碧眼の瞳・・・
何故こんなところにこんなものがと、男は疑問に思う前に、先ほどから筆に向かっていたはずの、鏡斎が硯と筆から手を離し、そちらに気付いて声をかける
「悪いね。柳田さん」
先ほどのものとは全くの別人なのではないかと思わせる、気怠そうな瞳で待っていた鏡斎は、待っていた男を<柳田>と呼んだ
鏡斎の方を向き、首を傾げると、柳田の耳飾りの鈴が音を奏でた
「随分と、集中していたみたいだね」
「最近は失敗作続きだったからな・・・」
っと苦笑する鏡斎は、ボリボリと髷を掻いた
労うようににこっと柳田は笑う
興味が引かれたものを指差した
「コレは、何哉?」
鏡斎は首を傾げるが、指差されたものがわかった瞬間に、眉をひそめる
「失敗作だ・・・みりゃわかるだろ?」
なるほど、確かに微かな妖気は感じるが・・・
「失敗・・・っというよりは、未完成に見えるね」
柳田は<人形>に手を伸ばし、その頭を優しく撫でてみた
驚くことに、人形とは思えない本物のような感触の猫っ毛が、指に気持ち良く絡む
「コレはどうするの哉?」
「何って・・・・処分すんだよ、<今まで通り>に」
何を今更と鏡斎は心底面倒そうに答えたが、柳田はますます興味が引かれたように言う
「コレ、僕が貰ってもいい哉?」
そう柳田が言った瞬間に、<人形>は本物の人間のように滑らかな動きを見せ、柳田を見上げる
筆についた余分な墨汁を拭いながら、そちらの方を見もしないで、鏡斎は力なく頷く
「好きにしてくれよ。俺は昼寝でもするからさ」
「じゃあ、好きにさせてもらうよ。・・・おいで」
<人形>の手を掴み、柳田は歩き出す
そして、はたと止まり振り向きもせずに、言い忘れたように柳田はクスクスと笑う
成長過程である少女は女性と言うにはあまりにも未熟で、少女と言うにはあまりにも大人びた顔つきではあった
「案外君の趣味だったりして?」
去り際の挨拶の代わりにそう言えば、涼やかな鈴の音とともに、柳田は去っていった
鏡斎は特にムッとした様子もなく、髪を手にして何気なく紙の上に筆を走らせる
春画に描かれているような艶やかな女を作り出そうとしていたが、それが柳田の言っていたことへの否定というのにとらえられる
口より手を走らせるところが<職人>だとでもいうかのようで、柳田はクツクツと笑いながら、襖を閉めてそのまま縁側へ行き、庭へと出ていく
その間も少女の手を離そうとはしなかった
屋敷の門の前まで来ると、ふと思い出したように鈴を鳴らして振り向く
「<名>は?」
急に聞かれた言葉に驚きもせずに見上げる<人形>
見えない糸がついているわけでもないのに、柳田の手をやや強く握る
2012*06*23