東京喰種 Colos Lie

□7話:真っ白な嘘
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※※※※※※※※※※


今日はやたらと夢の中に入ってしまうらしい

本日何度目かの夢が再び襲いかかってきた


真っ暗な空間に、足元は地面があるのかわからない

闇が口を開けているように真っ暗だけれども、ちゃんと地に足は付いている

生き物の体内のように赤黒く脈打ちうねっていて、気持ちが悪い色をしている


いい加減慣れてきそうだけれども、そろそろ勘弁して欲しい

いや本当に



しかも、空間だけならまだしも

空気を震わせてはっきりと語りかけてくる

ぼんやりと私の目の前におぼろげに現れた少女は、死装束を思わせる白いワンピースを揺らして立っている

柔らかそうな髪が、前に垂らされていて顔ははっきりとは見えない


『ねぇ・・・・何で、何で殺してくれないの?』


『あの人なら殺してくれたかもしれないのに・・・・』


“あの人”・・・?

私は疑問を口にすることを許されないまま、少女から声が聞こえる


『なんで止めるの?』


口元を動かさないでいるが、声は少女からする


少女の声が嗚咽混じりに、耳に響いてくる

思わず耳を塞ぎたくなるような悲しい

けれどもはっきりとした憎悪を孕んでいる



私は少女が言いたいことが理解できずに首をふる

何で

何で、そんな事を言うの?


たしなめようと、私は一歩ずつ少女に近づく

普段は私の意思を置いていって、夢の中の登場人物だけ好き勝手話をするのだけれど、今度の夢は私の意志が通るらしい

触れられるのかわからないけれど、私は少女へと手を伸ばす

少女は私のことが怖いのか、手で顔を覆って私を避けようとする

揺れるワンピースにぽたりと少女の涙が落ちる



『なんでぇ・・・、なん、で・・・うぅ・・・殺してよ・・・・・・じゃなきゃ』



「ッ・・・・!?」


私の腕は、少女に掴まれた

少女とは思えない強い力に、私は声にならない悲鳴をあげる

彼女の涙が赤色へと変わり、白いワンピースは返り血を浴びたように、みるみるうちに赤へと広がっていく

真紅のワンピースは黒へとかわりやがて、私の腕にまで侵食しようと、少女の青白い手から私の手首へと登ってくる



『じゃなきゃ』



グッと掴まれた手首と、少女の瞳が夕日のように赤い





『あなたを殺しちゃうかも』




その瞳は血の池のように潤み、溢れたものが頬を伝い、血の海を作り出していく

やがて、地面の正体がわかった

私がたっていたのは地面でも何でもない

血の海に沈んでいた屍の上

沈んでいる屍の数々に悲鳴をあげる


逃げようとするものの、ぐにゃりとした感覚に足が踊るようにして暴れてうまくいかない

何体もの遺体

私は捜査で見慣れているはずなのにも関わらず、口元を覆いたくなるぐらい無残なもの

その一つが足を滑らした拍子にこちらを向く

壊れかけの人形のようにぎこちなく向いた



だって、そこにいるのは――――・・・・・・・・・・・



紛れもない・・・




※※※※※※※※※※



「ッ・・・・っ・・・・・!?」


ぼんやりとした視界がはっきりとした

嫌な汗が頬を伝い、下の枕へと滴り落ちる

身体がまだ緊張していて、うまく動けない


でも、幸いなことに天井は赤黒い以外の色をしている


見えてきた風景―――というよりは人物だったんだけど、そちらに目を合わせた


「ハイセ・・・さん、・・・・」

「麗愛・・・・ちゃん、」


私が声をかければ、ハイセさんがベッドの淵でほっと息をついて、両手で顔を伏せた

息を殺すように息を吐く

ハイセさんの部屋だとわかると、私は緊張がほぐれたのか、腹筋に力を入れながら起き上がる


ハイセさんの部屋にいるのに夢を見るとは珍しいと私は瞬きすれば、ハイセさんが勢いよく顔を上げた

危うくぶつかりそうだったけれども、それどころではないようだ

キッと睨まれて、再び身体が硬直した


「なぜあんな無茶をしたんだ!!撤退が最優先だって言っただろッ!?それに僕が暴走した時もなんでッ・・・」


取り乱しながら、下を向いたまま怒鳴るハイセさんに私は肩が跳ねた


ハイセさんは拳を自分の膝の上に打ち付けた

私にというよりも自分に向けるように


普段穏やかな分、怒りを剥き出しにする彼に、自然と怒られているという現実から逃げるために目を固くつぶってしまう


ハイセさんが怒るのも無理はない

相手はS〜レートで下手したらこちらもやられていた

もちろんやられるつもりはなかったから、ムツキ君たちを逃がしたらすぐ撤退するつもりだったけれど・・・

予想外の出来事にウリエ君が自分を捕食し始めるし、物事はうまく運ばない


ハイセさんが暴走したときは自然と身体が動いていて、危ないとか気にもとめる余裕がなかった


などと、そんな言い訳は言えるはずもなく、彼の怒りを受け止めて小さく震えることしかできないでいた



重い沈黙のあと、ハイセさんからはぁっと短いため息が漏れる

子どものように逃げる私に呆れてしまったのかと、恐る恐る目を開ければ、ハイセさんがベッドへとのりあげてきた

もちろん、彼の所有物のものなのだから、好きに使って構わないものではあるが、別にベッドを使用したかったわけではないらしい

ぎしりとベッドのスプリングが僅かにはねる

それに合わせて、ハイセさんの方に身体が傾けば、受け取られるようにして抱きしめられた

視界がハイセさんの肩に、嗅覚が彼の匂いに占領される

彼の肩口に顔を埋めるようにして抱きしめられて、ぼんやりとしていた頭は覚醒状態になった

怒っているのに、なぜ抱きしめるのであろうか

怒られているのに、なぜドキドキしてしまうのだろうか


Whyが頭の中を飛び交いながら、声が上ずりながらも恐る恐るしゃべりかける



「ハイセさん・・・?」

「心配させた分」


ハイセさんの頭が肩に置かれ、重みでしびれてくる

ムスッとした口調で返され、抱きしめてくる力が普段よりも僅かに痛いことから、まだ怒っているということが直ぐにわかった


この痛みが罰だとすれば、私が言うべき一言は決まっている



「ごめんなさい・・・・・・・・」


なぜだか照れくさくって、すごくぶっきらぼうな謝罪が口からこぼれた


私の謝罪にハイセさんは再びため息をついて、子どもをあやすように私の背をポンポンと優しく叩いてくれた


それが余計に私の涙腺を弱めた

彼にバレないように肩に顔を埋めてこっそりと拭う

しかし、そんなことはお見通しだったようだ


「怖かったでしょ?」


私は頷く



ハイセさんに言われて初めて怖いと気づいた

確かに怖かった


オロチと戦うことよりも

戦っている最中、自分を保てないことが何度かあったことが恐ろしかった

戻れないんじゃないかと思った


そして、口走ったあの『私を殺して』といった自殺願望が込められた言葉


一体何だったんだろうか



「もうあんな無理はしないで」

「・・・・・・はい」


『上官命令だ』と言わないあたり、彼の切たる願いなのかもしれない


それに私が答えた返事は真っ赤な嘘ではない


でも、またみんなが危険な場面に陥ったら、私は同じことをしてしまうのかもしれないと頭の隅で答えたのは、自分のためだけに吐く嘘ではない

真っ白な嘘だ



私は小刻みに叩いてくれているハイセさんの手に身を任せつつ、その手が救いの手だとばかりにこの一瞬を彼に預けた





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