東京喰種 Colos Lie

□2話:グレーゾーン
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本当にトイレに行きたかったわけじゃなかったため、何をするというわけではなく、洗面所の鏡と顔を突き合わせた

眉が下がっていて、肩が落ち込んで、ひどい顔をしている

幽霊でもこんな顔はしていないのではないかと思うぐらいだ

頬を軽くつねったが、痛いだけで何も変わらず、つねったところに赤みがさすだけだった

これだけで買えるのは余りにも不審だ

手だけでも洗って、戻ろうかな


こんな顔では心配させてしまうと、頬に手を当て、笑顔の練習をする

鏡の中の私はぎこちなく笑っている

妥協点かな?


早速戻ろう蛇口から手が離れた時だった
丸みのある鏡の中が、波打つようにして揺れている

自分の後ろを見ても全く揺れていない止まったままのドア

なのに鏡の中では地震でも起こっているのではないかと思うぐらい揺れてて、視覚的にこっちが酔いそうだった

突然起こった怪奇現象に私はもう一度鏡を見れば、鏡の中で白いワンピースの少女が立っている

私は驚いて目を見開く

あまりに急な登場の幽霊に声が出なく息を飲んだ


「・・・・・・!?!?」


見開いたままの目を閉じた

生理的な現象だから目を閉じるという自然な動作は私から少女を遠のかせたらしい

次に目を開けば、少女の姿はなく、鏡は何の変哲もなくそこにあるだけだった

手のひらを鏡につけてみたが、そこがひんやりとしているだけで、揺れたりはしない

指の芯が冷たく前に、鏡から手を離す

洗面所の棚にあった今にも踊りだしそうな陶器の貴婦人に確認しても、ただ沈黙を守っているだけで、先ほどの出来事が嘘か本当かは教えてくれない


夢の次は、幻覚まで見始めたのかな・・・・・

寝てないから疲れているのかもしれない

もしかしたら、棚にあった人形か何かが大きく見えたに違いない


有給をとろうか真面目に相談してみようかなと楽観的な考えをしながら、私はトイレからでた

もう一度後ろを振り返っては見た

こういうのはセオリーかもしれないから、念のためみたが、先ほどの少女がいるというオチにはならずにすんだ

怖いから早いところ離れよう・・・


さっきのことがあってか落ち着かなくなってきた

席に戻らずにシラズ君の後ろを通り過ぎて、物珍しそうな店内が見たいからという理由を告げてウロウロすることにした

さっき幽霊見たとか幻覚見えたとかいえないしね・・・

あえて一番奥にあるオルガンを興味深げに見るふりをする

これ弾けるのかな?っと真剣な表情を作る


「あの・・・」

「は、はい!?」


があっさりと見破られた!・・・・のかと思ったけれどそういうわけじゃないらしい

慌てて振り向いた私に、可愛らしい店員さんはチラリと視線を先ほど私が座っていた席に向けた

あの空間だけが唯一空いていてアンバランスな配置となっているように見える


さすがに、店内ウロウロされるのは邪魔かな・・・・

店員さんに迷惑をかけるわけにもいかないから、謝って席に戻ろうとすれば、どうやらそういうわけではないのか引き止められる


「飲まないの・・・ですか?」

伏し目がちにそう言われて、きょとんとしてしまう

あ、そっか・・・注文して席たったからすっかり忘れてた


「あっ、えっとそういうわけじゃないんですけど」


なんだか気を遣わせてしまったようで申し訳ない

あたふたと首を振ってみせた


「あの、すみません、飲ませて・・・いただきます!」

「入れ直しましょうか?」


もう席にあったコーヒーは冷めてしまったかもしれないと店員さんが気をきかせてくれた

正直あまり飲む気分にはなれなかったけれども、断るのもなんだか申し訳ない

せっかく言ってくれたのに


「じゃあ、お願いします」

「こちらでお待ちください」


とカウンターの方の席をひかれた

ハイセさんたちのところに待たずに、ここ待っていて欲しいということかな?

今は少しありがたいけど


すぐにできるならとパイプの低い背もたれに腰を落ち着かた

待っている間にポスターに描かれているエビの数を数えることに専念する

このお店は暇をつぶすにはうってつけらしい

周りの小物に視線を向けているだけでもかなり時間が経つのを忘れてしまう

最初は気の進まなかったエビ数えの作業の良さに没頭していると、ふわりとコーヒーの香りが広がった

それが合図のようだ

ギリギリまで数えたエビ数えを中断させるように、差し出されたカップ


「どうぞ」


蜃気楼のように湯気がたっている

シンプルな白いカップになみなみと注がれた液体

私は両手で大切に包み込むようにしてそのカップを手に取った

なぜだか緊張してしまうのは、店員さんにジッと見つめられているせいなのだろうか?

唇から口内へ、そして喉に流れ込み、広がるようにして身体の隅々までにじんわりと暖かくなり訪れた高揚感に頬がゆるんだ


「あ。本当だ、・・・・ふふっ、確かに美味しいですね」


文句の一つもでない

勝手に小さな笑みが漏れる


「けど・・・ト、」


「麗愛ちゃん、こんなところにいたんだ」


ハイセさんが私を探しに来たのか、小さなワイン樽の影からひょこっと顔を出した

目が僅かながらに潤んでいたけれど、もう泣いてはいないようだ


『なかなか戻ってこないから心配したよ?』と言いながら、私の隣の席へとやってきて、椅子を自分で引いて腰掛けた

ハイセさんは頬杖をつくと、何気ない仕草で空いた手を膝においていた私の手と重ねた

店員さんに見られないようにカウンターの下でそっと

涙のせいか僅かに濡れた手がしっとりと私の左手を包んできて、思わずそちらの方に身体を向ければ、見つめ合う形となる


「ハイセさん?」

無言で見つめ返されてようやくわかった

これは彼なりの不安の消し方なんだ


私が戻ってこなかったのがそんなに不安だったのか、それともこのお店の雰囲気に何かあるのか・・・そこまでは分からなかった


しかし、私も自分の中の不安をぬぐい去るようにハイセさんの手をぎこちなく握り返す

正解だったらしく嬉しそうに微笑み返してくれた


無言の空間に女性店員は視線を下げて見ないように心がけているようでずっとお皿洗いをしており、申し訳なさが沸いた

けれども、どこか自分にだけに微笑んでくれるハイセさんを独占できたような優越感を感じてしまう

私は浅ましいのかもしれない・・・



シラズ君たちが呼びにくるまで間、ハイセさんを独占させておいてもらおうかな

もうしばらくコーヒーを飲みながら、コーヒーの表面にうつっている緩んだ自分の顔を眺めることにした



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