東京喰種 Colos Lie

□番外編:梅雨
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雨は嫌い


閉じていた目を意識的に開く

耳から勝手に侵入してくる雨音は楽器のようにリズミカルだ

そして、リズミカルといえば、先程からサイコちゃんを起こそうとハイセさんの食器ドラムの音がこっちにまで聞こえてくる

静かなはずはないのに、その騒音に安堵し、雨の聞こえないつかの間の静寂を感じにうたた寝しそうになる

ただ残念なことに、雨の音とは違い雷のように激しい音が鳴り止み、部屋のドアを荒々しく閉まる音がしたのを聞く限りでは、彼はサイコちゃんを起こすのを諦めたみたいだ

サイコちゃんが起きないのを諦めただけで、今度は非番の私に矛先を向けたようだった

ほとんど無断でドアが開かれる


「うわっ、暗い…こんな暗いところにいたら、ナメクジになっちゃうよ」

第一声がおはようではなく、人をナメクジ扱いするのは如何なものかと、異議を唱えたかったものの呻くだけにした

また朝まで起きていたというのがバレるのは色々と面倒だから


この作戦はうまくいったようで、ハイセさんはため息を吐いた

「非番だからってお昼まで寝ていいわけじゃないんだよ!ほら、早く起きて!」

光の差し込まれていない穴ぐらのような部屋が起きれない原因だと思ったのか、ハイセさんは電気にではなく窓の方に向かう

窓が開かれてしまう・・・!

しまったと思った時にはすでにハイセさんの手が鍵の首をもたげ、窓を開けようと手をかけられていた

慌てて布団から飛び出して止めた


「開けないでください!」

「え、なんで?」

ハイセさんの手を阻むと、彼は首をかしげた

止められるとは思っていなかったらしい

私もこんなに強引にやめさせるつもりではなかったため、適当な言い訳ができなくなってしまった

迷った末に


「雨が…いやです」

ギリギリまで正直に話そうか迷ってしまったせいか、なぜか子どもの言い訳のように拗ねたように伝えるはめになった

しかし、ハイセさんはいまいちピンときていないらしく、眉を潜めていたが

ポンと手を叩いた


「あ!髪が変になるから?僕も湿気で大変だよね、この時期は」


ハイセさんは苦笑いしつつ、まだ寝癖の付いている髪をぐしゃりとかく

言われてみれば、いつもフワフワとしている髪が今日はボリューミーな気がしたけれど

そうじゃないんですよ、ハイセさん

ズルズルと安心毛布を引きずりながら、窓の鍵を再び閉めた

「なんか、胸が痛むというか、シクシクと泣くように痛むというか…体調が悪いわけではないんですけど」


雨戸で閉ざされているはずなのに、その奥で降っている雨に向けるように窓に向かって睨む

「はぁ」

深いため息を吐きだしても一向に良くなるはずがない

毛布を頭からかぶるという海外のお化けの鉄板とも言える間抜けな姿をしているけど、こちらはいたって真面目

しかし、それはどうもハイセさんに伝わっていないらしく、彼は苦笑した顔でこちらをのぞく

「それって柴先生のところ行った方が………」

体調や精神的にとかではなく・・・あぁー、もうだから・・・

「そういうのじゃないんですッ!」

自分の腕を不安げにさすりながら、思わず大声を出してしまう


「すみません…」


感情のコントロールできずにハイセさんに八つ当たりしてしまった

自分の殻に閉じこもるように、再び布団の中に潜り込む

泣きたいわけでもないのに、胸から溢れてくる何かが涙に変わり布団に吸い込まれた


「とにかく、雨の日は開けないでください!」

努めて平然とした強い口調で頼む

でないと、泣いているのがばれてしまう

声が震えてしまうのを我慢するために噛んでいた下唇がジンジンと痛む

ああ、なんでそもそも雨が降っているだけで自分は泣いたりしてしまってるんだろう

たかが雨なのに

そうたかが、雨…

気づいたら自己嫌悪に陥り、腕で自分を抱きしめながら声を殺していた

ハイセさん部屋から早く出てってくれないかなぁ

その意図も伝えられずに布団に呑まれてしまう


「麗愛ちゃんと同じで、僕も雨の日は嫌いだよ」

「ハイセさんもですか?なぜ………」


やや不機嫌気味に聞いてみる

無理に合わせなくてもいいのに、こんなところまで優しい

ただ、彼が無理に合わせているのだろうと意地悪で理由を聞いてしまう

合わせてるんだからボロが出るはず

しかし、私の予想を裏切り、布団の外ではハイセさんが微笑んだ気がした


「麗愛ちゃんが泣いちゃうから、かな?」


いい終わったかと思うと、『よいしょっ』という掛け声で、私のベッドの空いていた部分が沈む

横に寝っ転がったのであろうハイセさんに、布団の上からぎゅーっと抱きしめられる

ポンポンと子どもを寝かしつけるように優しくゆったりとしたリズムがお腹のあたりにかかる

全てお見通しだというように、そう告げられた言葉は酷く優しげで、太陽のように心が温まった

うとうとと眠くなるような催眠をかけているのか、私の瞼がだんだん重くなる
雨の音のせいで眠れていなかった分がここで来たらしい

「早いけど、僕もお昼寝しようかな」

布団の中にまで入ってきたハイセさんは、さっきと同じように今度は直接抱きしめてくれた

腰に回された腕に引き寄せられ、私は彼の胸に顔を埋める

今度は確かな体温に心臓の音がリズミカルに私の鼓動を揺らしてきて心地がいい


彼のシャツを握りしめる

目が覚めても

ハイセさんが目の前にいてくれますようにという願いを込めて




頭の中なのか

心の中なのか

雨の音にかき消されてしまう声



―カ・・・・・・キ、さん・・・・―

―死・・・・・な・・・・・で・・・・・・―

―そばに・・・・・て?―





誰かが誰かの名前を呼びながら、雨と混じって涙を流していた気がしたけれども、2人の寝息とともに飲み込まれた



2015*06*14



 

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