東京喰種 Colos Lie

□5話:
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カランカランと軽快な安っぽい来店のベル

別々に喋る人の声で賑わっているのは、ナッツの行きつけのファミレスだ

平日の昼にも関わらず子ども連れの主婦から学生まで賑わっているため、聞かれたくない会話には打ってつけの場所

現れたファー付きの上着に身を包み、口元は白いマスクで覆い隠した女性

その姿は一昔前の都市伝説、口裂け女を連想させる

私たちの席から離れている席の前まで来ると、どうやら待ち合わせだったらしく、サングラスにスキンヘッドでいかつい男性の向かいの席に座る


待機していた私たちはセルフの水を人数分並べ、人間だったら待ち遠しいだろう食欲をそそるジューシーな匂いに包まれ、胃もたれを感じながら捜査が進められていく

普段の白いコートを脱ぎ捨て、各々が変装すべく私服を身にまとっている


「・・・どう?」

意識を集中させようと先ほどから目を瞑り、耳をそばだてていたシラズ君が苛立ったように首をふる

彼の開かれた瞳には焦燥感がうつる

「・・・・・・・・・・・ダメだ。今日は耳のチョーシがあんま良くねぇ。せっかくあからさまにうさんクセェ野郎と一緒だっつーのに・・・」

焦れったそうに身じろぎをしても聞こえないことにはかわりないらしい

目配せをして落ち着かせてから、サイコちゃんの方をシラズ君が盗み見た

「才子、いけっか」

サイコちゃんがやや真面目くさった顔をして頷く

瞳を閉じて耳に手を当てて神経を集中させているようだった

一応は・・・


「・・・・跳ねる音。油・・・高温で熱せられ・・・パチパチとはじける」

サイコちゃんの口元からじゅるりとヨダレを拭う音が聞こえ、全員が首をかしげる

『肉・・・』とつぶやいたところでシラズ君の空手チョップがサイコちゃんの頭を叩く

シラズ君が店内で『Fack!』と連呼するだけですでに目立ってきたので、ムツキ君がサイコちゃんを背でかばって止めに入った

それでも止まない禁止用語

慎重な捜査だったため、思わず声を張り上げてしまう

「みんなちょっとうるさい!」

私が一番うるさかったかもしれない

みんなは一旦静かになってくれたが、危ない危ない・・・

私はひと呼吸おいてナッツのいるテーブル席を見る


「これ以上近づいたら感づかれるかもしれない」

ハイセさんは目の下まで帽子をかぶりヒソヒソ声でたしなめた

しかし、シラズ君は額に汗を浮かべる

責任という言葉が彼の周りをついて回っているようだ


「クソ!!あとちょっとで聞こえそうなのに・・・」

「シラズ君捜査に焦りは禁物だよ」


私がそう言った矢先のことだった

気持ちだけでも前に詰め寄るシラズ君の腕がグラスの側面を叩いた

なみなみと注がれていた水は空中で浮遊し、地面に衝突したグラスとともに衝突とともに弾ける

嘘・・・


「!!」


ジェットコースターの落下のように心臓が浮く

店内の視線を一身に集めた彼は石のように固まってしまっている

他のメンバーも表情にすべて出てしまう

私も口をポカンと開けてしまって―――・・・いや、閉じた

見開いた瞳はキッと細めて椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、腕を振りかぶった


「この馬鹿ッ!!あれだけ周りに気をつけろって言っただろ!?」
「アデッ!?」


私は心の中で謝罪しながらガツンとシラズ君のヒヨコ頭をぶん殴った

手がヒリヒリしたけれどもこればかりは仕方ない

そのまま腰に手を当てて冷たく見下ろした


「は?え?は?」

何がどうしたのかわからないと、涙目になりながらシラズは頭を押さえて訳が分からずに首を傾げている

しょうがない“アドリブ”なのだから

彼が大根役者なら私がもっと演技しなきゃいけない・・・


シラズ君がデキの悪い後輩役、私はバイト先のキツい先輩といったところか?

誰も叱られている人間に目を向けるのは一瞬のはずだ

巻き込まれたくないからあまり見てこないだろう

そのため、私はあえてシラズ君を叱りつけたのだ


私は大げさにため息をついて舌打ちをした


「いつも皿は割るしまともに注文受け取れないし?マジでありえない!店長にもこの間のこと報告するから・・・!!」

やや声をひそめ、チクると脅しをかけておく

「ちょ、ま・・・っ!」

相変わらず訳がわかっていないシラズ君だったが、逆に彼の焦った表情がうまくいったようだった

本当に店長への報告を止めようとしているように見える


「黙ってないで”先輩”もなんとか言ってくださいよ!!」


私は祈るような気持ちでハイセさんに話を振る

ハイセさん・・・・頼みます!

すぐに状況を察知してくれたのだろう

ハイセさんが放心して開いていた口を閉じて、頼りなく眉を下げながら困り果てた笑みをみせた


「まぁまぁ、落ち着いてよ。彼だって悪気があるわけじゃないと思うよ?」

「でも・・・」

口を開くが簡単に言い竦められるようにする

ハイセさんが苦笑して私の肩に手をおいて落ち着かせようとしてくれる

馬をあやすようにどうどうとその場を諌めてくれた

「いいから、ね?」

「先輩は甘やかしすぎです・・・」


よし、温厚な先輩・・・!

ハイセさんに感謝しながら、その裏腹にむっと眉を寄せて音を立てて椅子に座り直して、腕組みと足組みをしてシラズ君から身体ごと背ける

イライラとしたように見せる貧乏ゆすりも忘れずに


予想外にナッツの帰宅が早くなったのは防ぎきれなかった


終始ナッツが横目で盗み見られるぐらいで済まされたため、はっきりとは顔を見られてはいないとは思う

今後の尾行に支障はないだろう



ミスをして誤魔化すために自然体を装えなかったら

あえて自分で作ってしまえばいいんだよシラズ君

後で私が彼に慰める代わりと氷水を渡しながら伝える教訓となった



シャトーに戻ったシラズ君はこれみよがしにまだ頭を押さえてこちらを睨んでいる

苦笑しながら再度氷水を手渡すが、まだ押さえることができないらしい

ひったくるように私から氷水を奪うと口を尖らせた


「ひっでーよ!まだガンガンするぜ・・・・!!」

「えー。もう一つのバージョンもあったんだけどそっちが良かった?」

「もうひとつの?」

「『別れ話を切り出して今までの不満をぶちまける彼女』」
「・・・・・さっきのでいいッス」


やや考えた後に顔を真っ青にしてシラズ君が首を横にふるのをみて私は満足した

冗談で言ったけれども、もしもそんなバージョンだったら面白いのに

シラズ君の頭にコブが出来るだけじゃすまなかったでしょうに

ほっぺに残る紅葉に、猫に引っかかれたような爪跡

泣きそうな彼のそんな姿を想像したら、かわいそうだが笑いが込上がってきた

自室に戻っていた彼らにそれが聞こえることはなかった

一人を除けば

ソファーに突っ伏して笑いを噛み締めていれば、上から声が降ってくる


「お疲れ様、麗愛ちゃん」

「先輩・・・じゃなくてハイセさん・・・逆に目立たせてしまったようにも思いましたが・・・大丈夫でした?」

「まぁ、あれぐらいなら平気じゃないかな?」


ハイセさんが軽く笑いながら肩をすくめた

唸りながら私はクッションに顔をうずめながら思案する

けっきょくはナッツたちの密会現場では何も聞き出せなかった

今回は成果なし・・・か

私は深くため息をつく


他に何か新しい作戦があれば・・・名誉挽回のチャンスがないものか

そんなチャンスが転がっていないか床を眺める

落ちているはずないか

気持ちとともに視線が落下する

『そういえば・・・』とハイセさんが口を開く

「ナッツが宿泊していたホテルで盗聴器が発見されたんだってさ。もしかしたら重要な手がかりが残っているかもしれないから取りに行かなければならないんだけど・・・」

「盗聴器?」


喰種に関係ないような犯罪の匂いに眉を寄せる

喰種の聴覚を使えば、盗聴なんてしなくても分厚い壁に阻まれていようが、聴覚の優れた喰種であれば耳元で喋られているぐらいはっきりと聞こえるはずだ

本来なら盗聴なんて人間専用の警察の役目なはずだけれども・・・


「盗聴器を仕掛けたのは一般市民みたいでさ。そっちの方は警察に逮捕されたんだけど、問題の盗聴器はまだ回収できていないらしいから明日とりに行こうかなって」

ハイセさんが右頬に手を当てて考え深げに眉を下げている

確かにそれは尾行に失敗したクインクス班の挽回のチャンスではある

はじかれたように起き上がり力強く頷く


「行きましょう!」

「うん、そうだね」


にこやかに頷く柔らかな表情とエプロンが板についてきてしまっている

これからクインクスたちの夕食を作るために台所へと立つのだろうから、私も手伝うべくとりあえずコートをソファーの背もたれに置き去り腕まくりをした

手を洗ったし野菜を切る作業でも手伝おうかな


「麗愛ちゃん」

「はい?」

「手伝ってくれるのはありがたいんだけど・・・とりあえず手に持っているクインケを下ろそうか?」

手に持ってスタンバイしていたクインケを指差される

つい癖で出してしまったのだけれども、『危ないから』という理由で下げさせられた


確かに素材となった喰種たちがこれでは報われないだろうな・・・

謝りながらクインケをしまうと普通に手には包丁を持ち、片方には洗ったばかりの瑞々しい野菜を握る



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