東京喰種 Colos Lie

□6話:ショッキング&ピンク
1ページ/1ページ



私はとりあえず場違いなところに来ているという認識はある

就寝しているネオン灯たちは今の私にはとても不似合いな気さえする

ただ、私の隣でなにやら考え事しているハイセさんの足先は、紛う事なき疑う余地なくその場所に向かっている

私を置いてひらりとたなびくコートの裾を指先で引っ掛けて引きとどめた


「ハイセ、さん?聞いていたお話とだいぶ違うのですが?」

全く、ハイセさんたらボケてしまったんですか?と皮肉な笑みを固めてみたが、わざと驚くようにハイセさんは一歩身を引いてみせた

わざとらしさが余計に腹立たしい


「え!僕言ったよ?」


大の男22歳が首を傾げたところで可愛くもなんとも・・・・・・ないですよ

悪気はないとでもいいたげな仕草は私を焦らせるだけで、歩速は変わらずに進もうとしている

歩いてなかったら襟首をつかみそうな勢いで、彼の裾を強く引く


「聞いてないですよッ・・・・・・・!!!」


鬼気迫って問い詰めれば、笑って流そうとするハイセさんが憎い!

私は早朝の清々しさをドブに捨て、ハイセさんの前に躍り出て両手を広げて通せんぼうする



「聞いていません!ラブホテルなんてッ!!!!!」


早朝のためいくら人通りが少ないと言われていた場所で私は叫んでしまえば、客を返したくたびれたホストや終電を逃して電柱柱に背を預けて寝込んでいたサラリーマンが飛び起きてこちらをうかがってくる

私の声が目覚まし時計になったのなら幸いだ

咳払いで失態を誤魔化してみれば、ハイセさんのキョトンとした双眼と合う


「“調査”なのに、何か問題でもあるの?」


“調査”と強調されて言葉がつまる

確かに、これは調査・・・調査・・・・

ナッツが利用していたホテル・・・捕食を行っていたとされたり、密会場所としてもたまに使われていたらしい

情報が入ったとしたら、シラズ君の尻拭いになるわけだ


「調査・・・・」

「そう、“調査”」


子どもに言葉を教えるようにゆっくりと繰り返され、後輩のミスはこちらがカバーしなくてはならないという責任感がのしかかり、広げていた腕がしだいに下がる

悔しいが確かにその通り

何か言いたげに歪める唇はそのまま引き伸ばされ、閉ざされたことを確認されると同時に腕を引かれる

ゆっくり握り込められる力に、少しの抵抗を見せるようにして、相手よりも前に出た


「あれ?ノリ気になったの?」

「別にそうじゃないです・・・!」


勘違い甚だしい台詞に対して、ほんの少しの怒りを乗せて強い口調で返す

気分を害させてしまうかもしれないという心配は、この際ハイセさんののほほんとした表情には感じられないから心配しなくてもいい

男らしすぎるぐらい大股で進み、壁一枚で塞がれて見えないようにされている出入り口の中を突っ切った



※※※※※※※※※※※



部屋に通されれば、直視しないようにと思っていたベッドがすぐ目の前に広がっていた

値段が低価格なためか、備えられているのが浴室とベッドという簡素な場所だったが、目に痛い配色がいかにもそれらしい部屋だ

目的が明確的かつ単純でわかりやすいという感想はとりあえず捨てておいて、これなら探すのは簡単かもしれない


定番とも言えるコンセントの差し込み口に屈んでみる

家を盗聴する時など持ち込まれているタイプだと、このようなコンセントタイプのものが多いみたいだけども、変わったものはない


「あ、探知機ならあるよ?」

「あるなら早く言ってくださいよ!」


わざわざ私が屈んで探す必要もなかったのに・・・

ハイセさんの手に収められている小型の探知機を奪い取ると、対して説明書を読まないで作動させる


「盗聴器に近づけば音が鳴るから・・・」

「はーい」


それだけ聞ければ十分

『もう用済みかー』と肩を落としてハイセさんは浴室の方を探しに姿を消す

私の方は可能性の高そうな置時計があるベッドの頭の方から順に調べてみようと、ベッドの上に乗り上げて上の方に探知機を近づける

うんともすんとも言わない探知機に、心の中に疑惑が浮上する

本当にこの探知機は作動するものなのだろうか?故障品とかでは・・・

見つからなければ当然その疑惑がインクの染みのように広がっていく


「ハイセさん、本当にこれ―――・・・・・・」


壁を蹴るような音に思わず手に持っていた探知機を落としてしまう

探知機を音もなくベッドの上に転がったことを確認することもできず、隣りの部屋から聞こえたその音に全意識が持っていかれる

自分の耳元でなったかの様な幻聴さえ起こって、身体が震えを収めようとする

音一つでこれほど驚いてしまったことに何より驚いた

2回目の音で部屋全体が軋み、天井が落ちるのではないかと危惧する

壁一枚向こうに獣でも住んでいるのかと思うぐらい荒々しさに呼吸を潜めた



「今の音なに!?」


やっとハイセさんが現れたころには私はベッドの隅に身体を丸めこんで座っていた

その様子を見て、慌てて彼が私のところまで来てくれた

蛇口でもいじっていたのか少し濡れているハイセさんの冷たく濡れた指先が頬に置かれる

水滴がハイセさんの腕を滑っていくのを目が追った


「どうしたの?」

「わ、わからないです・・・壁の向こうから音がして・・・」


「音・・・」


ハイセさんは指さされたほうの壁に手を当てる

こんなことがなければ、パントマイムでもやるのかと冗談を言えたけれども、私は彼一人にやらせるわけには行かずに、隣に寄って壁に耳をつけて息をひそめる

ハイセさんが左耳、私が右耳をつけて顔を向き合うよう形になる

壁に耳をつけていなければ、見つめ合っているのだというシュールな体勢だった


「何も聞こえ―――」


ハイセさんの指先が開かれた私の唇に触れて、もう片方の手が自分の唇へと当て『シーッ』と小さく息を吐き出す

軽いキスを思わせるその指筋に、頷くふりをして顔を俯かせた


顔を隠していても壁に密着させた耳の赤は隠しきれていなかったかもしれない

ハイセさんの空いた手が私の耳に伸ばされ、その熱を逃がそうとするように冷たい指先が耳の裏をなでてくる

揺れた指が耳の軟骨の部分をくすぐられ、耐え切れず小さく息を吐く


静かにと言ったくせに私の我慢を揺らがせるようにして、挑発的に動かされる指は止まらない

私の耳が冷めるよりもハイセさんの指先に熱が移ることの方が早かったようだ

耳内に指が入ったところで漏れ出そうになった声は、私の代わりに壁の向こうから聞こえた


「「え・・・」」


女性の艶やかな媚声は私のものなんかではなく、色っぽさを孕んだ声が薄い壁の存在を感じさせないぐらい間近で聞こえたのだ

面食らった顔を突き合わせた私とハイセさん

切羽詰まった男性の声まで聞こえてきて、いよいよという場面に入る前に私は壁から耳を離す

条件反射のようにパッと離れて、できる限りそこから離れるものの、声はどこまでも追ってくる

しまいにはもうひとつの壁側からも聞こえてきて、音だけだというのに目まぐるしさに耳を塞ぎたくなる

喰種の聴覚がこれほどまで敏感だとは思いもしなかったことに後悔した

それ以前に壁が薄いのがいけない・・・・!


できるならこの場で叫び声をあげて邪魔してしまいたい・・・

そんな四苦八苦している私をよそに、ハイセさんの冷静な分析がはいる

「麗愛ちゃんが聞いた音は壁を蹴った音だね・・・」
「そんな分析いらないです・・・!」


気づかなければよかった・・・

自分の耳を引きちぎりたい衝動を抑えてくれるかのように、耳をふさいでいた私の手の上に重ねるようにして手が置かれる

頬を包み込まれてゆっくりと顔を上に向かされる

理性のない獣の声が遠くに聞こえる


ゆっくりと唇の上に指とは違った柔らかなものが触れた時には、完璧に声は遠くの世界に追い払っていた

合わさってきた唇が私と同じ温度になったところで離される


「どう?これなら聞こえない?」


唇の動きを読むのはできたけど、先ほどあれが触れたのかという意識がさらに高まってしまう

いつもと変わらない笑顔で尋ねられてはいるものの、さっきのキスですっかり赤くなった顔を隠させてくれないのだ

固定されている頭は今にも湯気が出そうだった


「ハイセさん、何でいつも困らせるんですか・・・什造さんたちの会議とか、セクハラ・・・してきたり、何もしないって」

「それは無理だっていったよ?」


それは確かに・・・

ちゃっかりとここで約束をさせようとしていた考えは読まれてしまったらしい

むすっとした表情をしながらもごもごと口の中で言葉を転がしていれば、ハイセさんは困ったように笑う

さらりと恥ずかしいことをしてくるセクハラ上司に見えない爽やかさが素晴らしい


「そうだねぇ。理由か・・・。なんでだろう・・・?」

「なんでだろう・・・って」


こっちが聞きたいのに・・・

とてつもなく今自分が情けない表情をしているのが鏡を見なくてもわかる

私の代わりにハイセさんがその表情を見ていたらしい

思いついたように彼の表情が華やいだ

答えはとんでもなかったけれども


「麗愛ちゃんが困った顔って結構好きなのかも」


それはまた、はた迷惑な・・・

唇を噛み締めているせいか、皮肉もなにもかも言えず、聞こえないふりをすることにしたけれど、すべてお見通しとでもいうようにハイセさんが笑う


仕返しに私はそっぽを向きながらぶっきらぼうに呟く


「私もハイセさんのこと好きですよ」


最後に『意地悪なところ以外は』と付け加える

最後が重要!

それ以外もちょいちょいあるけれど、そこは私が寛大な心が目を瞑ってあげよう

気になるハイセさんの表情はという・・・・・と


「・・・・・・・っ」

「もしかして、照れてます・・・?」


手で口元を隠しながら、隠しきれていない赤みは私の耳と一緒だった

一緒じゃないですかと笑ってしまう

先ほどの余裕な表情はどこえやら、まるでうるさいハエがいるかのように表情が不機嫌そうだった


「ちょっとどうなんですか〜」

「・・・うるさいよ、もう」

「っと、とっ!」

座っていてちょうど同じ背丈ぐらいだったのに、急にハイセさんが膝立ちして覆いかぶさってきた

すると笑い声を黙らせるようにして、今度は強引に笑い声を奪ってきた

追い詰めるようにして押し倒されたベッドからは嫌な臭いしかしない

それはこのベッドだけに限ったことではないのだけれども、染み付いたタバコの匂いだと思う

ただそんな思考の余裕は酸素とともに奪われてしまい、合わさった唇の隙間からいっぱいいっぱいに息を吸い込む


「んんっ・・・!ハイ、・・・さん、・・・ちょうさ・・・!」


彼の理性に引っかかればとばかりに投げかけた単語こそ、朧気で届いたかも微妙なところだ

止めなくてはと伸ばされた手が縫い止められてしまう

抵抗を諦めずに手を伸ばし続けると探知機に触れ、ベッドの隙間へと滑っていき、下へと落下してしまう

ついには調査道具さえ失ってしまったとは・・・・

これでは本当に何のために来たのやら



「麗愛ちゃん、もう一回・・・・・・今度は意地悪抜きで“好き”って言って」


甘えたように頬を手の甲で撫でてくるハイセさんに心が折れそうだ

いざちゃんと言うとなると、唇がふやけてしまっているかのように頼りなく動くが言葉にならない


「す・・・・」

次の言葉を言う前に唇が引き結ぶ

「名前も」

「え、・・・な、名前もですか?」

今にも消えてしまうような儚い笑みを浮かべる

催促する様子はないが、頼みごとでもするように首を傾げている

言わせるつもりがないかのように体重が身体にかかってきて息苦しい


「ハイセ、さん」

「・・・・・・・・うん」

「   」


調査道具とともに理性も手放そうとした時だ

流されてしまいそうになった私の目を覚ますように、目覚まし時計のような音ががなり立ててきた

ハイセさんの方もその音に気づいたのか身体を起こす

ベッドの下から聞こえる・・・

ひょっこりとベッドの隙間を覗くと、探知機の赤いランプが光って音で何かを知らせている

手を滑り込ませて探って見れば、探知機ともう一つベッドの裏に何か出っ張りを発見した

乱暴にテープでぐるぐる巻きにされている物体をベッドの上に転がした


「これ・・・・」

「盗聴器?」


探知機を試しに近づけてみれば、ビンゴ!

さっきよりも強い反応がでた


「これですね!」


間違いなくこれだという確証に、宝物を掘り当てたかのように舞い上がってしまう

私は大事なことを忘れて早速コートを着込む


「ほら、ハイセさん!行きますよ!」


パンプスを履きながら手招きをする

意気揚々と先に出ようとする私は、複雑そうな表情を浮かべているハイセさんのことを気づくのはしばらく後のこととなった


2015*07*18

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ