東京喰種 Colos Lie
□8話:
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私は激怒している
かの暴君、佐々木琲世に
メロスよりも怒っている
あからさま態度を出し惜しみすることなく、楽しげに鼻歌交じりに服を並べているお気楽な上司にそれをアピールしているというのに、彼はお構いなしだ
「いつまでむくれているの?機嫌直してよ」
「そりゃあ、むくれもしますよ・・・」
むすっとした表情を隠さずに私は椅子の上に体育座りで前後に身体を揺する
その後ろからハイセさんが動きを止めるように腕を回してきて、肩に顎が乗せられる
「ねぇ?」
普段ふわふわとした髪とは違い、サラサラとした髪が首筋を撫でてくる
じゃあ・・・っと口を開いて後ろを向くとパッチリとした彼の瞳と合う
私は椅子に膝立ちすると、背もたれに握る
「私も一緒に同行させてくれたらいいですよ?」
「それはダーメ」
もう何度目かになる交渉はバッサリと切り捨てられてしまった
やっぱりだめかと仏頂面をする
鏡の前でパッチリとした大きな瞳を私に向けるハイセさん・・・・
いや、今はこうお呼びしよう
“ササコさん”と
私から離れるとスカートを広げてすっかり女の子になりきったササコさんがいらっしゃる
悩ましげに眉を寄せながら鏡越しで、私を窘めてくる姿は本当に近所の美人なお姉さんみたいだ
「麗愛ちゃんはすっかりナッツに顔を覚えられちゃった可能性もあるだろうしね」
『囮捜査』はハイセさんとシラズくん、ムツキくん、サイコちゃんの4名で実行すると先ほど聞かされた
私は今こうして何度も彼にお願いをしている間に、すっかり彼はお姉さんになってしまっているのだから、本当に世間は不公平だ
人差し指で鼻をちょんと突っつきながらウィンクをされる
その可愛さに羨ましく思いながらも、嫉妬からかつい汚い言葉を吐き出してみた
きっとこれはシラズくんの言葉がうつったのだと責任転換しておこう
「クッソ・・・可愛いなぁ」
「女の子がそんな言葉遣いはダメよ!」
『何がダメよ!』だ!
口調まで丁寧になってしまっている彼とは対照的に、私はみるみる女として廃れてきているのを感じる
そんな私をよそに、さらにハイセさんは自分を磨き上げようとしている
もともと女子力高かったし、ハイセさんが女子のほうが向いているのかもしれない
「どっちのイヤリングが似合うかな?」
「そのぐらいのセミロングで服装も派手目じゃないなら、こっちのイヤリングがいいと思いますよ」
ハイセさんが鏡で左耳に大きい装飾のあるイヤリングを、右耳には真珠もどきのイヤリングを交互に当てはめている
ちなみに、そのイヤリングも・・・そのメイク道具も・・・・私のなんですがね
相談してきたから答えてしまったけれども・・・・
ちゃっかりと全て拝借されている
控えめに輝いているイヤリングは私が付けるよりも似合っていて裏切りを感じた
これで化粧も完璧にこなしたであろうし、もういいのかとおもう
これ以上可愛くなられたら困る
私の心の中の妬みを隠すつもりが、それが思いっきり出てしまったのか、荒々しく必要なくなった道具を箱の中に投げ捨てていた
ふとハイセさんが自分を鏡で見ながら、唇をなぞっている
「麗愛ちゃんっていつもグロス塗らないよね?」
「え?はい、一応ありますけど使います?」
グロス・・・っていう単語知っているんですね
本読んで勉強した甲斐がありましたね
普通に男の人からしたら、化粧道具の名前とかなんて魔法の呪文にしか感じないでしょうに
感心してもいい場面なのかもしれないけれども、素直に喜べず、グロスの金色のキャップを振って見せればササコさんはノリ気だ
アイライナーは斬撃系
ファンデーションは防御系
コンシーラーは回復系
アイシャドーとかは魔法系なのは確実だなぁ・・・
己のクインケを握り締めながら各技名を叫ぶクインクスの可愛い後輩たちを想像したら吹き出しそうになる
いけない、いけない・・・想像はここまでにしよう
「グロス!!」
「え!?なんで叫びながら渡すの!?っと、と!危ないなぁ・・・」
私の脳内までは覗き見することができなかったハイセさんは、ナイフのように回転しながら投げ渡されるグロスを慌てて掴み取った
さすが・・・女装でもハイセさんですね・・・
グロスがぶつかってきて痛かったのか、手の平をさすりながら、ハイセさんは余分なグロスを容器のふちを使って落としてから、唇に乗せようとするが、私の視線が気になったのか手を止めた
「あんまり見られているとやりにくいんだけど・・・」
「お気になさらず・・・」
先ほど不機嫌に顔を背けていたのだけれども、今の私はハイセさんの仕上げを見届けようとじっと見ている
それが気になって濡れないらしい
「麗愛ちゃんが塗って」
「え、なぜですか?」
「麗愛ちゃんの方がうまいでしょ?」
本を見て勉強して今日一日でその完成度に仕上げたハイセさんなら問題ないと思うのですが?
とりあえず、有無を言わせないように、ササコお姉様がグロスを突き出す
それを受け取りながらジッとこちらを見てくる
「あの、やりにくいので目を瞑っていてください」
「えー、もったいない」
ちょっと意地悪く唇を突き出して文句を言うハイセさんだったけれども、そこはちゃんと目を瞑ってくれた
ふさふさの眉毛で目の下に影が入り込んでいる
「何かこうして目を閉じているとドキドキするね」
「喋らないでくださいよ!ちょっとズレちゃったじゃないですか!」
ハイセさんが喋るせいでグロスの筆先が狂い、ややはみ出してしまったそれを指先で黙らせるように拭う
ほら手が震えてしまう
「口裂け女にしちゃいますよ?」
「えー、それは嫌だなぁ」
「ふふっ、ナッツのお歯黒といい勝負じゃないですか?私だってグロスあまり使わないので、塗るのは得意じゃないんですから、ジッとしていてください」
その忠告が聞いたのか、何か言いたそうであった口は一文字に閉じられた
唇の端をティッシュで拭き取る
ちょっとハイセさんには色が濃いのかな?
「麗愛ちゃん、確かにグロスいつも塗らないね」
「はい。口がベタベタしちゃってあまり塗らないですね」
白いカップでコーヒー飲むとべったりついちゃうと、なんだか嫌だ
誤って舐めちゃうし
「つけてみないよ、僕がつけてあげるから」
先ほど使ったグロスを片手にハイセさんが微笑んでいる
赤いグロスは唇の輪郭に沿ったはずなのに、いつもより上に口角が上がって見えるのは、私のミスだろうか?
ついそちらに目がいっている間に、反対の手が私の腰に添えられていた
「あ、いえ・・・それはちょっ、んっ!」
ぬるりとした唇が押し当てられてしまう
せっかく塗ったのだ
今私が身動きをとってしまうと、唇がズレてしまい、せっかく塗ったグロスが台無しになってしまう
ハイセさんもそれがわかっているのか、押し付けるだけで、特に動こうとはしなかったけれども、やけに長く唇を合わせているようだった
やっと離れてくれたと思ったら、名残惜しげに私の唇の方を見ている
かと思えば、なぜか勝手に満足したかのように頷く
「うん、麗愛ちゃんはグロスつけなくっていいね」
外見お姉さんのハイセさんは、声を落として耳元で『僕がキスしたら周りにバレちゃうから、ね?』と囁く
ここで男に戻るのは反則でしょう・・・
丁度いい具合にハイセさんの唇は薄桃色に輝いていた
「じゃあ、いい子にお留守番していてね?」
ショルダーバックを手にして部屋に私を置いて出ていってしまった
下で完成したであろうムツキ君やシラズ君たちと合流したのだろう、『いってきます』という彼らの声に答えることも出来ずに、姿見に映った自分を見る
私の唇もハイセさんと同じ色の薄桃色だ
と、とにかく・・・
ハイセさんの服とかその他もろもろを彼の部屋に運んでしまおう!
綺麗に畳まれているシャツやネクタイなどを隣りのハイセさんの部屋まで持ち込む
基本鍵が掛かっていることがないので、入ることは容易で、テーブルの上にハイセさんが置いていった服を積んでおこう
ただ服を返しに来ただけというのもつまらないので、本でも数冊パクッ・・・お借りしようかと見回す
本というのはお気に入りを見つければ徐々に気づいたら本棚が埋まってしまう
彼もどうやらその質らしく、すでに本が収まりきれなくなっている
数冊本を手に取ってみるものの、誰もいない静かすぎるシャトーでは寧ろ物語へ入り込むのが難しい
・・・お留守番なんて退屈すぎる
そこで半端に開け放たれたクローゼットが目に付く
いつもなら綺麗に畳んでいるであろう洋服は、今日は特別とばかりにクローゼットが舌を出しているかのように飛び出ていた
畳んでおいてあげようかと手を伸ばして、それを広げてみた
女の人よりも肩幅があるYシャツだ
ハイセさんって結構細身だけれどがっしりしているんだよね・・・
ちょっと袖も長いんだなぁ
私の腕の長さと比較するようにして、服の袖を伸ばす
手に重なってしまうぐらい・・・袖をまくれば私でも着れなくは・・・・
ピンと私は背筋を伸ばして閃いてパチンと指を鳴らした
ハイセさんも女装するとき私のクローゼット漁ったのだから、こちらも漁っても構わないだろう
罪悪感を逃れるための正当化をしてから、彼のクローゼットを漁る
思ったとおり、クローゼットの奥からは他にも服がわんさかとでてきた
ここ1年はハイセさんの私服でみたことがないもの・・・・つまり着れなくなって使われていない私服に違いない・・・!
急いでその服を何着か奪い去り自分の部屋に立てこもる
私しかいないシャトー内の静けさが気にならないぐらい、今の作業に私は没頭していた
2015*09*07