東京喰種 Colos Lie

□9話:セピア色の忘却
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きっかけはどうあれ、麗愛を置いていくという自分の判断に間違いはないと琲世は確信を持っていた

きっと帰ってもまだ機嫌を損ねているのかと想像すれば、自然と口元から笑みが溢れる


しかし、現在任務中だと気づいて慌てて表情を引き締めた

ネオンの光に目を瞬かせながら、琲世は標的であるナッツクラッカーに何気なく目を移す

彼女は商談の途中らしい


あまり見過ぎず、かと言って目を離さずにいることを優先とする

化粧の濃い女性がナッツの話に耳を傾けていっている

これではナッツの狩りが終わって、場所を移してしまうかもしれないという焦りを覚え始める


「サッサン、ここじゃ俺らの“耳”は使えねぇ、ちょっと近づいてみるわ」

「うん、お願いね」

「うっす」

女性とは思えない不知のガニ股歩きが不安ながらも琲世は彼に任せる

六月と才子は共に行動しており、一先ず集合場所として琲世は残ることとした


ナッツには他に仲間はいないかなど注意深く目を走らせる

ナッツと標的の女性を気にかけている人物がいないか、該当する人物が一人いた


この場の雰囲気に似つかわしくないシンプルで、洗礼されたシックなシャツに黒いトレンチコートを羽織ったシンプルな服装で、一際目を惹くその男性

琲世が目を奪われていれば、ふとその男性と目が合う

不覚にもどきりと胸が高鳴る

しかし、彼のくっきりとしたアーモンドのような大きな双眼が大きく見開かれたかと思えば、すぐに顔ごと勢いよく背けられてしまう


腕組みをしながら琲世はその動向を探る

人ごみを泳ぐようにしてナッツに近づくゆったりとした足取りだ


だが、もうすぐ近づくというところで彼は足を止めた

視線に気づかれたのかと、琲世は目を伏せたが、どうやら違ったらしい

彼の目線の先にはナッツではなく、巨漢の男に絡まれている六月の姿がうつっていたことに琲世は気づいた


「君、ひとり?」

ニット帽にダボダボのルーズな服装の男性

不揃いな髭に隠れた顔を六月は見上げる

「え、あ・・・いえ」

現在一人であるのは確かだったが、都合の良いように解釈したのだろう

にたっと笑われてしまい、六月はたらりと頬に汗が流れる

そして、男の視線に対して同時に吐き気に襲われる


「あ・・・の、そうじゃないのですが」

「はぁ?気取るなよ、こういうところに来てるってことはそういうことだろ?」


ナッツの追跡中に問題は起こしたくはないとはいえ、この男についていくつもりはもちろんない

こみ上げてくる吐き気に耐えながらできるだけ穏便に済ませたい

丁重に断りを入れ・・・

「あのすみませんが、」
「こっちだぜ」

六月の華奢な腕が、男の無骨な手に掴まれる

その部分から腐敗していくのではないかという錯覚さえ覚えるほど六月は男を嫌悪していた

男全般というよりかは、そういった“視線”が嫌いだった

強めに抵抗をするのだが、恐怖で力が入らない


なぜなら、男と六月の間に、コートを羽織った男性が割って現れた

突然のことに六月の腕を掴んでいた男がたじろぐ


「なッ・・・!?何だよ、テメー!!」

「この人は俺のツレです、ナンパなら他所でしてください」

「ツ、ツレ?別にそんなの関係あるかよ!!」

「関係ありますね」


今にも殴りかかりそうな男の丸太のような太い腕を掴みひねり上げ、細い指先から出る音とは考えられない骨の軋む音がする

六月の腕を掴んでいた手が離れていく

それとともに男が悲鳴をあげる


「い、ッ、てぇえええええ!!!!」

驚いたのか慌てて男性が手を離せば、巨漢の男の方が尻餅をつく

「え?そんなに痛かったですか、すみません!あれ折っちゃったかな?」


彼の物騒な失敗発言に六月は、今では自分を連れて行こうとした男のほうが心配になった


ちょうどステージではライブ中だったからか、彼の悲鳴は聞こえずに済んだ

悲鳴をあげたかと思えば、それは止んで代わりにピクピクと痙攣してしまって伸びてしまっている


「ゲッ・・・気絶しちゃったかな」

しまったと顔をしかめてから男性は周りを見渡してみればどうやら今のところステージに客たちは夢中らしくこちらを気に求めていなかった

近くを通りかかったウエイトレスの女性を引き止める


「あっ!スミマセーン、そこのウエイトレスさん!この人飲みすぎて伸びているんでお願いできますか?」

「ハ、ハイ!喜んで!!」


ポーッと頬を染めながらウエイトレスは奥へとふらふらと行ってしまい

しばらくしてバーテンダーと共にやってきて、倒れた男性を引きずって行ってしまう


六月は先ほど掴まれていた自分の手を抱きしめる

まだ震えている

涙さえ出てきそうだったがグッとこらえる

「大丈夫だった?ムツキくん?」

六月の手に細く白い手が添えられる

これにはびっくりして六月は手を引っ込めそうになる

「え、あ・・・はい。ありがとうございま・・・て、え?何で名前」

なぜ名前を知っているのかと、六月は助けてくれた男性を見上げた

ぎくりと強張る顔は六月もよく知っている顔で、胸の前で握っていた手が安心感で徐々にほぐれていく

「じゃ、俺はこれで・・・」
「ちょっと待ってください」


今すぐにビシッと手を挙げて今すぐ消えようとしている男性を引き止めたのは琲世だった

彼は後ろからかけられる声に石のように固まってしまった

できるだけ深く帽子をかぶり、顔を隠す

にこにこと笑顔な琲世とそれから逃げようとする男性を六月は不安気に交互に見る


琲世は正体を隠そうとする彼の袖をギュッと掴み、壁へと押し付けた

自分と身長もそんなに変わらないためか、男性と琲世の視線が交わる

「あ、あああ、あの」

「私のツレを助けていただいたお礼がしたいのですが・・・」

明らかに挙動不審になっていく男性にそっと身を寄せる

「自分はそういうのは別にいいので・・・!!」

「いえいえ、そう言わず・・・・・ね、麗愛ちゃん?」


引き攣った頬を見てようやく琲世は嘘くさい笑みを止め、キュッと眉を寄せる

「あははー、よくぞ私の正体を見破れましたね!琲世さん!そう、ある時はCCGの局員!ある時は本の虫!またあるときはミステリアスな謎の男!しかしてその実体は・・・Qs班副指導者上城麗愛さ!ちなみに、もう一つバージョンがありましてですね・・・」

「家で待っていてって言ったでしょ!おまけにそれ僕の服!!」

麗愛の口上を無視し、琲世は目を釣り上げた

「え、え・・・いやぁ〜そうでしたっけ〜?アハハハハハー・・・でも似合ってますよね?」

「似合ってるとかじゃないでしょ!!」

琲世の掴みかからん勢いに押されながら、男装していた麗愛は両手を前に突き出して、まぁまぁと彼をなだめる

六月に助けを求めて麗愛は視線をそちらに向けるが、苦笑しか返してはもらえない

言い足りないのかさらに口を開こうとする琲世の前に、横から素っ頓狂な声が上がる


「愛の戦士のセリフが聞こえたかと思えば、ネェネ?うはっ、イケメソじゃ!イケメソがおる!!」
「え?ウソだろ、麗愛センパイ?」


キャッキャッと騒ぐ女性たちに麗愛は目を見開く

目を凝らしてみれば知っている面々・・・


「うわっ、ケバいのはシラズくん?かな?イコちゃん・・・は普通だ」


見事にそちらの方に話がそらされて、琲世は行き場を無くした言葉を飲み込んだ

もう何を言ってもこの雑音の中では意味を成さないのを理解したのだ

家でこってり絞ればいい話だと忘れないように胸の中で書き加えておく


才子や六月に連れ出され、何とか麗愛は琲世の元を離脱

背筋に肌寒さを感じつつも、彼女たちに腕を引かれていく

「ネェネおらんで寂しかった!」

「そうなの?私も置いてかれて寂しかったよ」

ギュッと抱きつく才子に答えるように頭を撫でてやる

前から抱きつかれ、幾分か歩きづらかったため、麗愛は才子の身体を抱きしめながら前進する

だが、胸のあたりに違和感を覚えた

「サラシ巻いた?」

「あ、それ確認したかったから抱きついただけか・・・こら、離れなさい」

才子の首根っこをつかめば、『それだけはご勘弁を!』と彼女はケラケラ笑いながらより強く抱きついてくるので、引き剥がすのを諦めた


「いや、髪は切ってないよ。長い髪を内側に入れてピンでとめて帽子かぶっているからショートに見えるだけだよ。身長はインヒールのブーツ履いていてごまかしているだけ」

ほらね?っと麗愛は踵を上げてみせたが、インヒールのためかわかりづらい

あとは飲んでもいないのに愚痴となっていく

「ハイセさんもあんなに怒んなくてもいいのにね?男装の麗人似合っているのにねー?」

首を傾げながら同意を求められるが、六月は悩ましげに、先ほど掴まれた腕をギュッと自分で掴む


「麗愛さん、ありがとうございました・・・・」

「え、さっき聞いたからもういいのに、気にしないで?」

「俺が麗愛さんみたいに強かったらあんな人に」


普通の人間だってわかってはいたが、動けなかったのだ

先ほど通りがけにもらったグラスを六月はテーブルに置いた

それに反射する情けない自分の顔に眉を潜めれば、より情けなさが増す


こんな自分を麗愛はきっと呆れているかもしれない

いや、元々呆れているから助けてくれたのかもしれない

自分さえいなければこんな苦労かけなかった

否定され続けていたジュニア時代の暗い過去など次々と嫌なことばかり浮かんでくる

グラスの中の自分が徐々に歪んでいき、見ていられなくなり顔を上げる


「私が守るって決めたから、私の後輩なんだから守られておきなさい!って、ね?」


テーブルの上で頬杖をついて、麗愛は柔らかな笑みを浮かべていて、同性なのにもかかわらず六月の胸がどきりと鳴った

だが、次には麗愛はふと表情を暗くする

「それともそんなに私、先輩として頼りない?」
「いや、そんなことないです!!」

首をブンブンと横に振る六月に、麗愛は安心してホッと息を吐いた


「私は六月くんが後輩で良かったよ」


不思議なことにあれだけ思い悩んでいたことが一瞬で馬鹿馬鹿しくなってしまうぐらい麗愛の言葉で胸が軽くなる

自分の“生”を全て受け止められたかのようで、自分の存在が許されたようで

それだけで自分の人生が報われていくのだ

六月の瞳からポタリと落ちた雫が、グラスの中に溶けていく


相槌をするふりをして、涙を隠し、グラスを傾けた

『私が守る』


そう言ってくれたことだけで自分は救われた

しかし、同時に六月はそれが不安だった

なぜかその言葉が呪いのように麗愛を縛り付けているような気さえした


麗愛はそれに気づいていないのかもしれない

彼女は腰に回されていた才子の方に気を取られているようだ

「はいはい、サイコちゃんもだよ」

ギュッと加えられた力に麗愛は優しい苦しさを覚える

守ると言ってはいたが、これでは自分が守られているようだと麗愛は笑った

守られるだけではなく、守れる人間に

胸で誓えば、六月の心も身体も軽くなってきた
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