東京喰種 Colos Lie

□9話:セピア色の忘却
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肝心なことを忘れていることに気づき、麗愛はサイコを撫でる手を止めた

自分がしゃしゃり出てしまったが、捜査のことをすっかりと忘れていたのだ


「ところで、捜査のことでなんだけどさ・・・・あれ?六月くん、どこに・・・」


麗愛が捜査について話をしようとすれば、目の前にいたはずの六月がいなくなっていた

キョロキョロと探してみれば、ちょうどその捜査対象であるナッツクラッカーと一緒に見つけることができた


「ムツキくん?!ちょっと!サイコちゃんはハイセさんたちに報告しに行って!」

「ガッテン承知!」


敬礼する才子はスタスタとステップを踏みながら、ハイセたちを探しに行き、麗愛はムツキを止めるべく向かう

無謀にも程がある急接近に、無茶をする前に引きとめようと人ごみを縫うように進む

先ほど守ると言ったばかりで有言実行する


「むっちゃん、一人で行っちゃダメだよ」

「あ〜、スミマセン!えへへ、お姉さんがどうしても気になって美容の秘訣とか聞きたくって、アルバイト紹介とかされて」

もう随分話が進んでいるらしい

捜査の本来の目的のアルバイトの話になっている


「綺麗なお姉さんに迷惑かけちゃダメだよ」


とにかくナッツクラッカーを褒めまくる六月を落ち着かせようと腕をひく

だが、すでに連絡先なども教えられているらしく、六月もやる気満々になっている


「報告しに行ってきます!」

「あー!もう!だから」

麗愛の話も聞かず、琲世たちのいる方へと突進する勢いで走って行ってしまう

後を追いかけようとした矢先、マスクでくぐもった声に引き止められた


都市伝説の口裂け女を思わせる大きなマスク

今にでも、『私、綺麗?』と尋ねてきそうだったが、どうやら違うようだった


「彼女、心配?」

「ま、まぁ」

「ホント、怪しいバイトじゃないですよ」

人の売買を行うオークションのどこが怪しくないんだと内心では思いながら、麗愛は相槌を打つ

あくまでもバイトがちゃんとしているところか怪しいという方向で話を断ろうとしたところで、ナッツから思わぬ提案がされる


「いいアルバイトがあるですけど、彼女と一緒にどう?」

「は?」

「それなら心配ないし怪しくない」


マスクを外して、ナッツがお歯黒を覗かせてニッと笑う

そう言われてしまえば反対する理由が思い当たらなくなる

六月一人ではなく、もうひとり自分が加わることができるのならまだ安心できるかもしれないが


「あ・・・、でも」

「きれい、あなた」


ナッツの手が麗愛の頬に触れる

爬虫類のようなナッツの目がうっとりと細められており、麗愛はそれ以上何も言えなくなる

「いやいや、お姉さんの方がお綺麗ですよ」

「・・・・・・・・」


その場を切り抜けようとした嘘ではなく、自分が思ったままの感想で麗愛は褒めたはずなのだが、ナッツは眉間に皺を寄せてしまう

何か失言でも言ってしまったのかと、不安になったが、すぐにナッツは小さく笑い始めた

「連絡、まってる」


一枚の名刺を取り出すナッツはそれにキスマークを残し、放心状態の麗愛にそれを握り締めさせ、用事が済んだのか店を出ていってしまった

意味ありげに残されたキスマークに呆然としながら、麗愛も琲世たちの元に戻ってきた




「―――、さまはぁ、屈辱的に生かさてる、・・・ていう今にも死にそうっていう顔がチョーサイコーだったんスよ、―――、様もカ、・・・キ様もダメにしちゃって」

「ハイセや麗愛が死ねば良いんスかねぇ?」



一瞬心臓が凍った

突然聞こえた子どものような無邪気な言葉

気のせいだったかも知れない

このクラブ内で聞こえるはずのない個体の声


聞き間違えで自分と琲世の名前が聞こえたに違いない

そう思い込もうとしながら、もう一度だけクラブ内を1周だけ見る

クラブにいるにしては随分と童顔な少女が薄らと笑ってこちらに手を振っている

知り合いではないが、確かにこちらに手を振っている気がする

自分にではないはずだと目線を外して、先ほどの嫌な声をかき消しながら人ごみに紛れた


「残念ねロマ、フラれちゃったわよ?」

「ふ〜ん、別に良いスよ。本命はあっちじゃないですし」


『ニコ姐さんには言われたくない』と毒突きながら、ロマと呼ばれた少女はグラスに入ったサービスでもらった2つのさくらんぼをストローで突き沈める

その様子を呆れたようにニコはため息を吐き、麗愛の背を見送るが声はかけない

まるで先へと進むその道が沼だと知っているが、忠告を言い淀み口を閉ざすように





「おかえり、麗愛ちゃん」

「ハイセさん?」

彼の悲しげに微笑む姿は以前もどこかで見たことがある

サイコの古臭いダンスを見ながら、麗愛も壁に背を預ける


「麗愛ちゃんは自分の記憶についてどう思う?」

「記憶ですか・・・?」

自分の記憶がないのはお互い様だが、麗愛と琲世の意見は異なっている

「私は自分の記憶がなくていいと思っています」

麗愛は笑い合っている後輩たちを見ながらはっきりとそう言った

「いつも見る夢は・・・きっと私の過去に関連していることだと思います。暗くて動けなくて、もがくことも諦めて絶望だけ浸かっている・・・」


『なんで・・・殺してよ』
『私が死ぬのに』
『殺して・・・・、なんで殺してくれないの?』

夢の中で何度も自分の死を懇願する少女の姿に、毎日胸を締め付けられる


「私は今を生きていきたいんです。シラズ君やムツキ君、サイコちゃん、今はいないけどウリエ君、アキラさんたち・・・ハイセさんと一緒に」

そのまま琲世の肩に麗愛は頭を預けた



『だから、消えないで』



言葉を発することなかったが、麗愛の唇は動いた

いつになく素直な彼女に琲世も身体を預ける


「あらら?急に甘えてきてどうしたの?」

「そういう気分なんですよ・・・」

「そんなこと言っても、家でのお説教はやめないよ?」

「そんなんじゃないですよ〜!」


ムッと唇を尖らせて不機嫌になる

琲世は口では茶化しながらも麗愛を退かそうとはせず、彼女のしたいようにさせている




“できるのなら忘れていたい”
“できるのなら覚えていたい”




2015*10*11,11*08
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