東京喰種 Colos Lie
□10話:
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1階の訓練施設
琲世さんがオークション作戦に向けて、みんなにそれぞれ指導をしている
朝から怒声にも近い指示を飛ばし、琲世さんは次々にシラズ君やムツキ君を高々と投げ出していた
ロンググラスに氷をふちにまで積み木のように重ね、その上からはちみつ漬けにしたレモンと炭酸水を加え、最後に輪切りのレモンを添えた
「ストローをさして・・・レモネードの完成!」
さらにひとつだけ琲世さん用にアイスコーヒーを作った
鼻歌を歌っておぼんに乗せながら、訓練室に向かう
部屋に近づくにつれて罵声なのか、怒声なのかわからなくなるほど、琲世さんは熱を入れているらしい
片手でドア、片手におぼんを持ち、訓練室のドアを開く
覗き込めば、シラズくんとムツキくんと一斉に琲世さんに飛びかかっているところだった
武器を手放してしまったシラズくんを見て、目の色を変えた琲世さんがシラズくんに鋭い一撃を加えた
「武器をッ・・・・・・・放すな!!!」
「がっ!!!」
右頬に琲世さんの回し蹴りをくらい、シラズくんが流星のごとくこちらに飛んでくる
さすがに支えてあげられる手がなく、私はそのまま勢いよくドアを閉めた
「ぎあっ!?」
閉めると同時に背後のドアに打ち付けられたシラズくんのうめき声が聞こえたのを見計らい、私はドアをもう一度開けた
どうやらお取り込み中だったらしい
「全然駄目!クインケにしろ赫子にしろ・・・基本の体術が出来なきゃ話にならない。“喰種”は手加減なんてしてくれないよ!それに・・・・・・・・・・・才子ちゃん、一回も僕に向かって来てないけど?」
「死人なう」
琲世さんに声をかけられ、倒れているサイコちゃんの身体が跳ねた
あ・・・死んでるんじゃないのね
琲世さんはつかつかとサイコちゃんに歩み寄っている最中に私はするりと中へと入った
足元に転がって強打した頭を押さえているシラズくんが邪魔だったので跨ぎ、中央までおぼんを持っていく
「みんな、おつかれさまーそろそろ休憩にしたら?」
おぼんを掲げて差し入れをだす
おぼんに乗せたレモネードに寄ってたかってきたシラズ君たちにレモネードを配る
随分と喉が渇いていたのか、みんな喉を鳴らしてレモネードをあっという間に飲み干してしまう
もうちょっと味わってくれてもいいのにと苦笑した
だが、それだけ訓練が今までに比べて大変だったということだ
何だかんだでサイコちゃんが参加している光景なんて珍しいし、琲世さんの熱の入れようもすごい
残ったコーヒーを琲世さんに差し出す
「なんか大変そうですね」
「・・・麗愛ちゃんも他人事じゃないんだけどね」
やや刺のある話し方で琲世さんはおぼんの上のコーヒーを飲み干してしまう
琲世さんはムツキくんにものさしを使って日常生活でもできる訓練を指導しに行った
私も機嫌が悪い琲世さんの小言は聞かなかったことにして、へばっているシラズくんに近寄った
息を切らして、舌を犬のようにだらしなく出しているところ申し訳ないのだけれども・・・身体が温まっているうちにやっておいたほうがいい
地べたに尻餅をついているシラズくんを半ば強制的に立たせた
「シラズくん。避けるときは敵の攻撃の進行方向に避ける方が効率いいよ。あわよくば、相手が空回りするし」
ストレッチ用のジーパンだから、遠慮なく私は足を高くあげてゆっくりと右から左に蹴りを入れる動作をする
先ほどの琲世さんの回し蹴りと同じフォームになるように努力する
「この蹴りだと進行方向も右から左。上半身を右から左に一気に・・・・倒す!!」
シラズくんの背後に回って彼の肩を掴むと、無理やり右から左に身体を屈折させた
骨が外れてしまうような小気味の音がしたかと思えば、シラズくんが地面に芋虫のように寝っ転がってしまう
さらにまるで熱したコンクリートの上に寝かされたかのように、海老反りで無様に悶え始めた
「いてぇええええッ!!!何するんだよ!?」
「シラズくん身体硬っ!体力だけじゃなくて柔軟もちゃんとつけなきゃダメだよ!」
「へいへい・・・」
「『はい』でしょ!?ほら、座って足を真っ直ぐ伸ばして」
肩を押して無理やり座らせると、シラズくんに屈伸をさせるのだが・・・
「ねぇ・・・・それ本気でやってる?」
「お、おう・・・」
背筋を伸ばしたまま、膝に手を当ててまま固まっているシラズくんを冷ややかに見つめた
「つま先まで手を伸ばして欲しいのに、膝までしかいかないの!?」
「いや、オレも正直ビビった・・・っつーか、そんだけいう麗愛パイセンはどこまでいくんだよ!」
噛み付いてくるシラズくんに対して、私は隣で無言のまま座る
膝を伸ばし、身体を前にかがめてみせた
こんなの朝飯前だ
私はドヤ顔で自分のつま先をなでると足の裏を掴む
見事なふたつ折りに、シラズくんは勿論他の子達も手を叩き始めた
「や、柔らか・・・」
「はい、シラズくんもぺったんっていこう、ぺったんと」
すぐさま立ち上がり、私はシラズくんの背を手で押すのを手伝う
空気を入れるように弾みをつけながら背を押すたびに、シラズくんの悲鳴と骨の軋みがハーモニーを作り出している
だが、何やらそれが気に喰わなかったらしく、ムツキくんの指導を中断して、琲世さんがこちらにやってきた
「麗愛ちゃん、今僕が指導しているから」
『口を出さないで』とばかりに琲世さんが割り込んでくる
眉間に皺を寄せて、普段の柔和な雰囲気も今はない
私は顔をあげて、顎を上に尖らせて琲世さんを見上げた
「“柔軟”だって大切です!」
「そうだけど、今僕は“体力”を優先してつけさせようとしているんだ」
ぎろりとにらみ合う私たち
どっちも引くつもりがない
下でしゃがんでいたシラズくんも不穏な空気を感じたらしく、柔軟を中断して私たちから距離を取る
次に切り出したのはハイセさんだった
「じゃあ、こうしよう。2人で手合わせして、どっちかがギブアップしたらそっちの意見を通そう。ルールとして赫子を使うのは禁止。部屋が壊れるようなことも禁止」
「いいですよ望むところです!受けて立ちますよ!」
私は首をぐるりと回して、手を鳴らし、やる気まんまんだというアピールをした
ムツキくんがオロオロと私たち二人の顔を見て、止めようしているのが分かるが、どうしてもはっきりさせておかなくてはならないことがあるため、可哀想だけれども耳を貸さなかった
「麗愛パイセンとサッサンって・・・珍しいな」
「うん、いつもどっちかが俺たちの指導をするって感じだったから・・・」
「クインクスメンバー指導者。笑顔の下の獰猛な感情を晒すのは・・・・赤コーナー佐々木〜〜〜ハイセ〜〜〜!!対する青コーナー・・・面倒見の良い姉御。ただし怒るとめちゃくちゃ怖い上城〜〜〜麗愛〜〜〜〜ッ!!!!」
ボクシングの開始のゴングのように、サイコちゃんが巻き舌で私とハイセさんの紹介をする
普段なら褒めてあげたり、ちょっと怒るぐらいですむのだけれども、現在私は虫の居所が悪い
両手で作った拳をサイコちゃんの両側のこめかみに当てる
「サイコちゃん、一言余計だよ?」
「痛いッ!ネェネ痛ッ!?グリグリやめい・・・・!嘘です、イツモヤサシイデス」
悲鳴を上げて許しを乞うサイコちゃんを開放して、私はハイセさんと向き直る
髪をポニーテールにするために高い位置で結ぶ
「何で機嫌が悪いのかはわからないですが、はっきり言ってくださいよ」
「なんのことかな?早く始めるよ?あ、そうそう。ただやるのつまらないから、どっちかが勝ったら片方の“お願い”を聞くっていうことで」
「はい!?そんなの聞いてないですよ!?」
勝手なルールが追加されて私が訂正を求め用としたところで、ハイセさんが『よーいドン』と前触れ無く試合の火ぶたを切った
文句を言ってはいられず、私は背を屈めてハイセさんの前に突進する
懐に入ろうとするように見せかけながら、地面を蹴り飛ばし上に飛び上がった
右足で蹴り飛ばそうとすれば、その足は見事にハイセさんの腕に掴まれてしまう
難なく掴まれてしまったが、別に動揺する必要はない
私は上半身をひねり、その反動でハイセさんの腹に自身の膝を埋め込もうとするが、すぐに腕で防がれてしまう
だが、彼が防御に追いつこうとしたためか、私の右足は解放され、やや離れたところで体勢を立て直すことにした
しかし、今度は自分の番だとばかりに、ハイセさんが一気に距離をつめてきて、腕を振り上げられる
右、左、右・・・左と見せかけての足払いをジャンプして何とか交わす
「サッサンと麗愛パイセン、ガチでやってね?」
「えッ、さすがに・・・そんなことはないとは思うけど」
シラズくんとムツキくんがこそこそと会話をしているが、正直な話・・・・結構きつい
ハイセさんも私の動きを先読みするような戦いの仕方をしてくるから、私はさらに2、3行ほど先の動きを読まなくてはいけない・・・ってなっていると、ハイセさんも更に先を読もうとするからやりにくい
息をするのも忘れるぐらいの攻撃を繰り広げてくる中、攻撃の風圧といっしょにハイセさんが言葉をこぼした
「本当にわからない?」
「え?」
気のせいかと思ったものの、ハイセさんの真っ直ぐな目が聞き間違えではないと示していた
「・・・・・この前、」
この前・・・?
記憶の糸を手繰るのは容易だった
私だってハイセさんのお怒りを知らないわけではない
数日前の話だ