わたしの創作牧場

□鏡の絵
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 あれからどのくらいの月日がたったのだろうか。いつまでも続く果てのない日々、いつになったら終わるのだろうか。いや、終わる日がくるのだろうか…。

「まあ、なんてすてきな絵ばかりなの!」
「気に入ってくれたかい? ここにある絵はみんな僕が集めたものなんだ」
部屋中に飾られた多くの絵画。その絵画の間に主人である男が恋人である女を案内している。
だが、絵画に描かれているのは、恐怖におびえている顔や、悲しみに満ちた顔ばかりだ。
「でも、ここに描かれている絵はなんだか怖い絵ばかりだわ。まるで生きているみたいで今にも動き出しそう」
「そうかい? 確かにここにある絵は、人間の
姿で最も醜いところが描かれているけれど、僕はこれ以上美しい姿はないとおもうよ」
 そう言いながら笑う男の顔に女は、美しいとおもいながらも恐怖を感じずにはいられなかつた。
 「ここで待っていてくれるかい。今お茶を持ってこよう」
 男は女を部屋に残して出て行った。一人残された女は部屋中にある絵画を改めて見渡した。
 やっぱりこの絵の人物たちは生きているみたいだわ。それに紙に描いたにしては背景があまりにも透明すぎるわ。私だけでなく周りの景色もまるで鏡のように映っているんですもの。
 そう考えながら女が女性の描かれている一枚の絵に触れた瞬間、絵に描かれているはずの女性の手が出てきて、女の手をつかんだ。
 驚いた女が手を振り払おうとしたが握られた手の力は強く、女がそのまま後ろに下がるたびに女性が絵の中からとびだして来た。
 出てきた女性の手をやっとの思いで振り払うことができた女が見たのは、絵の女性そのままの生身の人間だった。そして女性は、狂ったように叫び始めた。
「やっと、やっと出ることができたわ。ようやく私は自由になれた、あの男の呪縛から逃れられたのね。あはっ、あはっ、あははははは…」
女性は女の存在に気づかないほど叫び続けていた。しかし突然女性の体に異変が生じた。
それはまさに一瞬の出来事だった。なんとそれまで若く美しかった女性が、みるみるうちに老婆へと変貌を遂げていった。さらに女性の体は風化していったのだ。
「いっ、嫌ぁ! せっかく自由に慣れたのに。何故、何故なの…」 
 女性の断末魔の叫び声は女性の姿とともにかき消された。   
 なっ、何が起きたの。女性が絵の中から出てきたかと思うと急にその姿が消えてしまった。
まるで魔法でもかけられたように…
 女は女性が描かれていた絵をもう一度見た。絵の中に絵具が使われておらず、鏡のように女を映したのだ。それはやはり女が思ったとおり絵ではなく鏡だったのだ。
 やっぱりこれは絵なんかじゃない、鏡なんだ。もしかしたらここにあるすべての絵がそうなんじゃないかしら。でもどうしてこんなものがあの人の家に…もしかしてあの人がこのような真似をしているのかしら?
 女が混乱しているところに男が戻ってきた。男は一瞬にして状況を理解したようだったが、何事もなかったかのように、持ってきたティーセットをテーブルの上に置いた。
そんな男に女は一部始終を語り男を問い詰めた。
「どういうことなの! 絵から突然女性が出てきたかと思うと忽然と消えてしまうし、よく見てみたらこの絵は鏡じゃない。もしかしてここにある絵すべてがそうなの? あなたはこれを知っていたの、それともあなたが…」
 それ以上先は言いたくなかった。聞きたいけど、聞きたくない答えが返ってきそうで。そう思ったら何も言えなくなっていた。
そんな女の思いを裏切るかのように男の発した言葉はあまりにも残酷だった。
「そうさ、全部僕がやったんだ。ここにあるすべての絵をね。この鏡は特殊でね、中に人を入れることが可能なんだよ。そうやって僕は今まで数多くの人をこの鏡の中にいれてきたんだ。特に気に入った人たちなどをね。美しいものだろう。」
 男の言葉に女は愕然とした。今まで自分が愛していた男の正体がこれほどまでに恐ろしい男だったなんて。
 悲しみとともに女に恐怖が走った。
 このままここにいてはいけない、すべてを知った私が何をされるかはわかりきっていることだ。
 そんな女の気持ちを読んだのか女が逃げ去ろうとした瞬間男は女の腕を掴んだ。
「はっ、離して!」
 振りほどこうとする女の腕を男はなおも強く握り締めた。
「逃がさないよ。今日ここに君を招いた本当の理由は君を新たなコレクションの一つにするためなんだからね。君のために新品の鏡まで用意したんだからね。」
 そう言いながら男は女の腕を掴みながら天幕が掛かっている物の前に来た。そして天幕を外すと中からそれは、それは美しい鏡がでてきた。男は女を鏡の前にしゃがませて耳元でささやいた。
「僕自身も特殊な力を持っていてね、普通の鏡だと難しいけどこの特殊な鏡を使えば生身の人間を鏡の中に入れることができるんだ。今まで数多くの人間を入れてきた。君も光栄に思うがいい、僕に気に入ってもらえたんだから。」
 男が高らかに笑うのに対して女は、
「全然うれしくなんかない! あなたにとってはそうかもしれないけどここに閉じ込められた人たちの気持ちはどうなのよ! 皆おびえているじゃない。さっきの女の人だって出られたことに喜んでいたわよ」
 女はなお必死に男の腕から逃れようとするが、男はさらに力を強めた。
「だからいいんだよ。言っただろう、恐怖におびえた姿が美しくて好きだって。それにこの鏡に入った人間は何十年たっても入れられた姿のままでいれるんだ。でも、鏡を出るとその何十年分かが加算されて、さっき君が見たようになるんだ」
 男は変わらず笑みを浮かべながら女に言った。
「じゃっ、じゃあさっきの人は何十年もあの鏡の中に……」
 「そうさ、彼女は一番気に入っていたんだがしかたがない。代わりに今日から君を一番のお気に入りにしよう。僕は君の現在の姿が好きだからね、君も永遠にその美しさでいたいだろう? 心配しなくても一生大事にしてあげるよ。ここの絵と共に」
 そう言い終わると同時に女の体がどんどんと鏡の中に吸い込まれていった。
「いっ、いやぁー。」
 女の叫び声を聞いて男は満足したような笑みを浮かべて、
「愛しているよ、僕の大切な人。」
 
それから私はこの鏡の絵の中にいる。彼は毎日その前に立っている。私を見る彼の姿はいつも微笑んでいて、恐ろしい。私がおびえている姿を彼は満足そうに見ている。だけど私は彼が私以外の人の絵を見ていると嫉妬してしまう。なぜかはわからない。あんなに恐ろしい人なのに私は嫉妬してしまう。
 いつ終わるとわからぬ永遠の日を私は彼の絵として、彼と共に生きていく……

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