Novel

□俺の写真とお前の被写体
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「…………」
 ムッツリーニが、ちゃぶ台の上で一枚の写真を眺めていた。僕はそんなムッツリーニの後ろに立って、何を見ているのかを尋ねた。するとムッツリーニはいつもの速さでその写真を隠し、「…………非売品」と答えた。
「え、もしかして秀吉の新作かな? だったら――はっ!」
 でももう食費が危ないんだった! じゃ、じゃあどうすれば良いんだぁああああああああああああああああああっ!!
「…………違う。新作ではない」
「え、違うの? なーんだ」
 秀吉の新作って聞いたら買わずには居られないじゃないか!
「…………それより、食費が危ないのか?」
 ムッツリーニのわりには珍しく、長く言葉を並べていた。僕は頷くと、彼は自分のカバンの中からカロリーを取り出した。
「うわぁ……それ、くれるの!?」
 ポテトチップスだった。僕にとってこれ以上の塩料理はない……!
「…………ただし、条件」
「えー、何?」
 少し妖しいけど、ポテチは食べたい。この際何でもしようじゃないか!
 
「…………うまくやってくれるなら、バイト代も出す」
「マジッ!? やるやる! 何でも言って! 覗きでも覗きでも覗きでも、何でもやるよ!」
 後ろから秀吉に「覗きしかやらないんじゃの」とツッコまれたが今の僕にはそれを気にしていられる余裕はないよ!
「で、何何?」
 ムッツリーニに尋ねると、いつの間にやら出していたカメラをこちらに向けて、一言呟いた。
「…………今日一日、被写体になってくれ」


 **
 
 ここは、Fクラス横の空き教室。高価そうなセットの所には僕がメイド服姿で立っており、様々な機材を扱う人々が闊歩していた。(全てFクラスの人員だった)
「……これ、どういう事さ」
「…………リクエストで、アキちゃんを頼まれた」
「断ってよ! そんな女装なんて!」
 機材を扱うのを手伝っていた秀吉が「少しはワシの苦しみが分かったかのぅ?」と喜びながらムッツリーニの後ろでプラ板を構えた。
「…………じゃあ、腕を後ろにやったまま、しかめ面」
「もうしかめ面だけどね……」
 腕を後ろで組んで少し不機嫌そうなポーズをとる。……まぁ、仕方ない。これで食費が浮くと思えば、安い――いや、安くはない。絶対。高いし割に合ってないと思う。
「……(パシャパシャパシャ!)」
 ムッツリーニの指が高速で動き、シャッターが切られていく。僕は自分が映ってると思うと少し恥ずかしくなってきて、顔が赤くなってくるのが分かった。
「…………明久、そのまま顔を赤めたままで、こっちに向けて腰を曲げて」
 長い、今まで聞いた事のないような長さで喋ってるよムッツリーニ!
「こ……こう?」
 ちょっと説教をしている強気の女の子っぽく、腰に手を当ててカメラに向けて身を乗り出してみると、再びシャッターが強く切られた。
「――なんか、可愛いのじゃ……!」
 秀吉が赤面しながらプラ板を掲げながらそう言った。僕はその言葉に少し恥ずかしくなりながらも、ムッツリーニが写真を撮り終わるまで待っていた。
「…………じゃ、じゃあ次」
 ムッツリーニは指をパチンッと鳴らすと、後ろから須川君がクーラーボックスを持ってきた。
「…………例の物は?」
「この中に……!」
 クーラーボックスを開けながら、須川君はニヤニヤと笑いながら「これで写真代一枚免除ですぜ旦那――」と取引していた。「…………これは、謝礼だ」とムッツリーニは一枚の写真を渡した。何を渡したんだ……。
「ていうか須川君! こんな事しても君は楽しくないでしょう!? なら助けてよ!」
「悪いな吉井。確かに吉井明久なんてものには虫酸が走る。――だがな。

 アキちゃんは大歓迎なのさ!」
「階段から落ちてBクラスの根本君の股間にでもぶつかれっ!」

 そう罵ると、秀吉がその姿を想像したのか「それは嫌じゃのぅ……」と顔をしかめた。
「…………じゃあ、これを」
 ムッツリーニが、クーラーボックスから何かを出した。それは……!
「アイスキャンディ(ミカン味)!」
 その美味しそうな姿、今にも周りを凍らせそうなキンキンに冷えたアイスキャンディを、僕にスッと向けてくる。
「え――食べていいの?」
「…………お礼」
「ありがとう、ムッツリーニ!」
「…………ただし、食べるときは噛まずに」
「え――」
「…………噛まれると、一般男子は股間を押さえて震える事になる」
「よくわからないけど、まあ良いよ。つまり舐めて食べろってことだよね」
「…………(コクコク)」
「よし、僕の舌使い見せてあげるよ!」
「――その言葉だけ聞くと、エロいな」
 後ろで須川君がそんな事言ってるが関係ないね!

 アイスキャンディを受け取り、木の棒の部分を掴んでそのまま口を開けて咥える。少し冷たいが口の中の温かさでそれほど辛いものではない。僕は舌をアイスに絡ませたまま、出したり入れたりを繰り返した。
「むちゅ――じゅるるっ……ふぉいふぃい〜(美味しい〜w)
「「「「!!!!」」」」
 皆が一斉に股間を押さえた結局押さえるんじゃないか。
「ん――ちゅぱ……じゅる」
 だんだん溶けてきて、僕の口の中に甘みが広がる。僕はその美味しさを噛みしめていると、溶けた水滴がだんだん滴っていくのが見えた。たとえ一滴だろうと見逃す事は出来ない――!
 アイス棒を立ててそのまま垂れていく水滴を舌で舐めとる様にすると、その舌の熱で少し溶けたのか、まだまだ垂れてくる。それらも見逃す事は出来ない。僕は一生懸命それらを舐め取ろうと必死に舌を動かす。
「……エロい」
「エロいのう……」
「…………(カシャカシャカシャ――ブシャアアアアアアアアアッ!)」
「えっ!? ムッツリーニ!」
 僕はアイスを食べ終わると、鼻血を噴出して気を失うムッツリーニに近寄った。
「……明久よ、スマンがムッツリーニを頼むぞ」
「え、秀吉と須川君は?」
「「ちょっとトイレに」」
 一緒にトイレに行くなんて、仲良くなったのかな?
 
 **
 
 ムッツリーニの輸血を終了させ、Fクラスに戻った僕は、ムッツリーニを膝に乗せたままフッと溜息をついた。
「――あ、そうだ。ポテチポテチ」
 写真を撮ってあげたんだから良いよね。僕はムッツリーニのカバンを開けて中を探る。――なんか、十八歳未満の子供には見せてはいけないようなものがあったけど、なんに使うのムッツリーニ。
「あ、あったあ――」
 そこで、数枚の写真がひらひらと宙を舞った。ポテチにひっついていたのだろうか。僕はその写真をぺらりとめくると、そこに映っていたのは――
「……僕?」

そこには、何の変哲もない僕が映っていた。

授業中に欠伸をする僕。

雄二達と喋る僕。

楽しそうに皆とはしゃぐ僕。

いつの間に撮ったのだろう、とかそんな事は興味なかった。

「何で、僕なんだろう」

 姫路さんとか、美波とかならまだ分かる。女の子だし。秀吉ならいくら称賛の言葉を送っても送りきれない。
 
 でも、僕は男だし、秀吉みたいに第三の性別を持つわけでもない。なのに――
 
「…………明久」
「ふあっ!」
 不意に膝から声が聞こえた。今まで膝枕をしていたムッツリーニだ。彼は少し顔をしかめたまま、僕の手に持つ写真を奪い取り、自分のポケットの中に入れた。
「…………見た?」
「う――うん」
 少しバツが悪かったが、嘘をついても仕方ない。
「あ、その――ムッツリーニ?」

 僕がそうムッツリーニの機嫌を尋ねると、ムッツリーニは僕のネクタイをグイッと引っ張った。
「…………勝手に写真を見た、罰」
 ムッツリーニは、そのまま僕の顔に自分の顔を近づけ――唇と唇を、強く重ねた。
「――む、ムッツリーニ……?」
「…………お前は、無防備過ぎ」
 ムッツリーニは再び僕の唇に自分の唇を重ね、今度は僕の身体を強く抱きしめた。
「…………俺以外に、そんな姿見せるな……」
 
 その言葉が、妙にカッコよくて……
 
「…………俺にだけ、明久の無防備な所、見せて」

 思わず、赤面しながら頷いてしまっていた。

 
 **
 
「ふむ、新作は?」
 ……今日もムッツリ商会は絶好調。新作の写真も見ものだ。
「…………これ」
 数枚写真を渡す。するとその男はメガネを上げたまま「ふむ」と返事を返し、「他には?」と催促してくる。この男の好みは分かっているが、まだ少し遊んでみる。
「…………これとか」
 Fクラス女子の写真を渡すと、男は「まだあるかい?」と興味なさそうに写真を返してくる。俺は少し出すのを躊躇いながら、写真を出した。

「……三枚セット。通常明久」

『買ったぁっ!』

 久保の後ろから、数人の女子が身を乗り出して千円札を掲げた。
 
 金を受け取り、物を渡すとスタコラサッサと皆が写真を隠しながらそれぞれ散り散りになる。
 
「…………もう、必要ないから、売る」

 授業中に欠伸をする明久。

 雄二達と喋る明久。

 楽しそうに皆とはしゃぐ明久。
 
 
 それが全て――今では……。
 
 俺が、手にしたんだ。
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