第伍神饌所
□2月11日/イヅギン
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墨と筆が筆記用具の主流たる尸魂界でも、街をうろつけばたまに面白い文房グッズにお目にかかることが出来る。新しいものや面白いものが好きなギンは、連休を利用して修正液なるものと格闘していた。飽きたら「便利だった」と言って誰かに押し付ける末路を辿るとしても、暇を潰すには絶好の玩具である。
「あれ、市丸隊長。何してらっしゃるんですか?」
洗い上がった隊長羽織と死覇装を持ってきたイヅルが、ギンの手元に気付いて横に膝を着いた。
「あぁ、修正液ですか。便利ですよね」
間違わなければいいだけの話なのだが、と苦笑してから立ち上がり、イヅルは箪笥に衣類を片付けながらギンを振り返った。
「もし筆記用具が喋ったら…あ、筆記用具に限らないんですけど、物が喋ったら面白いと思いませんか、隊長?」
「あぁ、そうやね……って、上手いこと消えへん」
指先を白く染めたギンが文句を垂れる。使い慣れた筆と勝手が違うからか、遊ばれている感じが否めない。イヅルは秘かな笑みを零した。
「『あなたの心に付いた汚れ、僕が落として差し上げましょう』、なんていかがです?」
「…はぁ?」
修正液の気分になり切ってみた、とギンの手にあるペンを指してイヅルが笑う。
「はぁ?イヅルに上書きされるとか真っ平ご免なんやけど」
ギンは走り書きで真っ黒になっていた紙をイヅルから隠し、修正ペンを放り出した。ペン先に溜まったインクが机の上に幾つもの染みを作る。その様子をギンの肩越しに覗きこんでいたイヅルが、「ほら、僕で綺麗に上書きされて良かったじゃないですか」と耳元で囁いた。
「…イヅルの癖に生意気や」
「そうですか?そうでもないと思いますけど」
たとえば、とイヅルは水場から食器洗いの洗剤と乾ききったスポンジを持ってきてギンの前に座り直す。ちょうど修正液で汚れた上でスポンジを構えると、一滴だけ落とす。
「僕のとこでは、毎晩こんな会話してるんですよ。『僕のこの香りと刺激を待っていたんでしょう?素直になったらどうです?』、『あ…、何か身体が…変になって…』なぁんて」
イヅルは愉しそうにアドリブしながら洗剤の付いたスポンジを揉み始めた。ギンは両手で耳を覆って背中を向けている。あくまでも認めようとしないギンに、イヅルは更に追い打ちをかけた。
「どんな物も僕と隊長の特別仲良しな関係に置き替えられちゃうなんて、本当に世の中、うまく出来てますよね。ね、隊長?」
意味を成さない雄叫びを喚き散らしながら隊首室を飛び出していこうとするギンの腕を、慌ててイヅルが掴んだ。
「往生際が悪いですよ、隊長。僕になら流されてもいい、抱かれたら気持ちいいって認めちゃったらいいのに…」
「ん…んな訳あるかーっ!!」
暴れるギンが洗剤を踏み潰した。滑って尻餅を着く。仰向けに転がってしまえば、あとはイヅルに美味しく頂かれる運命しか待っていない。
「ちょっ、タイムタイム!」
「ええー」
覆い被さったまま唇を尖らせるイヅルの顎を押し上げ、ギンは畳を見下ろした。手に付いた洗剤をイヅルの鼻先に突き付ける。
「こ…こないベタベタなとこでは嫌や…」
仕方ないとイヅルが退いた瞬間、ギンは一目散に逃げだした。
「まぁ良いか。ここしか帰ってくる場所ないんだし」
* * *
ギンの家では知らない内に『修正液』と『ペン』が「お前の汚れた心は俺が治してやる。」「やめろ…俺の上に覆いかぶさって何をするつもりだ。」 とBLってます。