第漆神饌所

□5月23日/三番隊
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 * * *

「どこ行っちゃったんだろう?」

 イヅルは朝から一度も執務室に顔を出さないギンを探していた。自室にはいなかった。隊舎中を探したが、見付からない。急用がある訳ではなかったが、さすがに全く連絡が取れないのは困る。

 隊長の行きそうな所を全て歩いて回るほど、副隊長は暇ではない。イヅルは早々に諦めた。と、その時。懐に入れておいた伝令神機が震動する。

「あ、市丸隊長からだ」

 発信元が『メリーさん』になっているが、イヅルの伝令神機に登録されている自分の名前をギンが勝手に変えておくのは日常茶飯事なので、今さら気にしない。ギンが『メリーさん』になったのは三日前。イヅルはその日のうちに『メリーさん』の意味を調べた。そして、近いうちに妖しげな笑みを浮かべて自分の背後に立ちたいのだな、と呆れただけだった。

『わたしメリーさん。今、流しそうめん会場にいるの』

「……。昨日より遠くなってるし」

 一昨日の『メリーさん』は隊を囲む塀の周りをぐるぐる廻っていたらしい。昨日は隊の裏門で立っていた筈だ。そして今日、三番隊の敷地内で流しそうめんをやっている、という情報がない以上、確実に遠ざかっている。毎度のことながら、ギンの真意が掴めない。

 揶揄われているのだと分かっていても、やるせない気分に陥るのは何故だろう…?

 イヅルは液晶画面の文字列に乾いた笑いを落とした。ギンが背後に立った時の対策を、イヅルはまだ練っていない。こうして油断させておいて、いきなり「あなたの後ろにいるの」と送られてくる可能性は否めない。だが、よりによって流しそうめんとは…。これでは居場所が分からない。

『わたし、メリーさん。そうめんと一緒に金魚が流れてきているの。どうしたらいいと思う?』

「……。知らないよ、そんなの…」

 握り締めていた伝令神機が嫌な音を立てて軋んだ。返信が欲しいのだろうか、と少しでも考えていた少し前の自分が情けない。

「美味しそうに見えたなら、一緒に掬って食べたらいいじゃないか」

 登録一覧を出して、『メリーさん』を『市丸隊長』に戻そうとした矢先、また伝令神機が震えた。

「今度は何っ!?」

『わたしメリーさん。今から帰るから、おやつ用意しておいてね』

 地面に叩きつけた伝令神機が火花を散らしながら壊れた。しばらく燻ぶり続ける塊を眺めていたが、イヅルは何事もなかったかのように踵を返した。

「おやつ、か。そうめん食べてきたばっかりなら、やっぱり軽めの方がいいかな」

 慣れた手付きで新しい伝令神機の申請書をギンの名義で書き起こすと、ギン付きの副官の鑑・吉良イヅルは『メリーさん』騒動を記憶から葬って菓子探しを始めた。

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