演題祓詞2

□子豚トランクス
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「せっかく買ってきたのに、なんでコレだけ持って帰らなかったのよ…」
 つい先刻までギンが敷いていた座布団の下から、中途半端に袋へ戻された男性用下着を見付けたのだ。
 これから寒くなることを考慮して、温かさや肌触りと柄に悩みぬいて選んだパジャマとセットで持って帰るなら渡す、と出し惜しみをしたのが悪かったのかもしれない。乱菊はギンの出ていったドアを睨み付けつつ、腕組みして首を傾げた。
「今世紀最高の言い訳まで考えて、隊長の目盗んで買いに行ったのに…」
 ちなみに日番谷に現世ショッピングがバレた時、乱菊は一年分の体調不良を総動員して、四番隊で何日か匿ってもらったりした。渡す予定だった十日を過ぎてしまったのはその為だ。とにかく渡したいものがあるから来てくれ、と呼び出したギンは、乱菊の苦労にも拘わらず片方の贈り物を置いていってしまった。
「ったくギンってばホント訳分かんない…何なのよ、横からちょろって、横からって」
 実演してみせようか、と袴帯に手を掛けて立ち上がったギンを、乱菊は慌てて必要ないと制止した。
『子供の頃の褌と違て、洗いざらして変色しとったりゴワゴワしとらへんって』
『…そんな理由じゃないから。わざわざ出してみせなくても良いって言ってるの』
 乱菊は顔を背けて、気になるのは褌の色や生地の状態ではなく中身なのだ、と言葉尻を濁した。
『しなびた胡瓜みたいになってるギンのなんて見たくない、って言ってるのが分かんないの!?』
『しなびた胡瓜、て…』
『他に何か言い様ある?しなびて縮こまっちゃってて、見る影もないじゃない。そこだけ見せられたりしたら萎えるわ、あたしが』
 間違ってはいないが傷付いたと落ち込むフリをするギンに、乱菊は持っていたぐい呑みを投げ付けなかった自分を褒めた。
『んなこと言うたかて、横からちょろっと出せる褌と違て、前下ろさなあかんやん、これ』
『……は?』
『せやから、』
 再び帯に手を掛けて立ち上がったギンの背後に回ると、乱菊は慌ててドアの方へ背中を押した。もちろん包装紙ごとパジャマと下着をまとめて押し付けて、である。ギンの衿元の奥に突っ込まなかった乱菊の手落ちなのか、乱菊の目にも止まらぬ早業で座布団の下へ隠していったギンの手癖の勝利なのか…
 乱菊は袋から取り出したトランクスを目の高さに持ち上げて広げてみた。
「可愛い柄なのになぁ…」
 二頭身にも満たない子豚たちが様々なポーズを取って乱菊に笑いかけている。
「柄に拘って前開きのにしなかったから駄目だったのかしら?それとも子狐じゃなかったから?」
 それとも、と壁際に戻した紙袋の一つに近寄って中身を取り出した。暖色系のバーバリー柄のパジャマである。
「あたしがギンと色違いのお揃いじゃなくて、もっと透けるタイプのネグリジェにして、中に着る下着もこう、もっと…」
 子豚トランクスとパジャマを放り出して、乱菊は着替えの入った引き出しを漁り始めた。寝苦しい夏用に買った淡いピンクやブルーの薄手のネグリジェを何枚も並べ、裾のレースが気に入っている一着に着替えてみる。
 次に綺麗に丸めて片付けておいた下着が入っている引き出しを床に置いた。一枚一枚を丁寧に広げていく。
「これは色的に合わないし…これは際ど過ぎるわね、ギンが履く気になってくれるくらい可愛い方が良いもの」
 一応周囲に人の気配がないかを確認した乱菊は、下着も履き替えてみた。姿見に自分の全身を映す。一回転してから腰に手を当てて前屈みになりウィンクする。
「ねぇ、ギン。これならどう?履く気になってくれる?」
「んー、迷うなぁ」
 いる筈のない人物からの返事に、乱菊は出来の悪い機械仕掛けの人形になった。ぎこちない動きで振り返る。
「どどどどうして戻ってきたのよっ!?」
 ドアの隙間から身を滑り込ませたギンは、見事な摺り足で近寄ると乱菊が足元に放り出した子豚トランクスを拾った。
「これ、誕生日プレゼントやったんやな、て気ぃ付いたもんで」
 満面に意味有りげな笑みを浮かべ、「おおきに」と手を振ってギンが静かに閉めたドアを、乱菊は呆然と見送った。
「やっぱりギンって訳分かんない…」


2012.9.11

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