ギンイヅ詰め合わせ

□意地悪×依怙地
1ページ/1ページ

日増しに肩身が狭くなる現実にそろそろ本気で禁煙しようか悩みながら、コートの衿を立てて人の波をかき分ける。市丸は草臥れたサラリーマンたちが屯する灰皿から少し離れた所で煙草を銜えた。
「あの、火、貸してもらえませんか」
「え?あぁ、はい」
手を翳したライターを差し出した先に居たのは、人混みに紛れるには無理のある金色。市丸より幾分低く線も細い。あまり褒められない顔色と華奢なイメージが先行する所為か、どうにも喫煙とは縁がなさそうに見えるのに…と渋る市丸に、青年は訝しげな視線を投げる。
「ちゃんと成人してますから御心配なく」
気取った仕種で胸のポケットから新品の煙草を取り出した。ぼんやり自分と同じ銘柄だな、等と眺めていた市丸は、ビニールパッケージの剥がし始めの位置が分からずに手間取っている青年の手から箱を抓み上げた。
「手ぇ悴んどるんやろ。開けたるわ」
爪で持ち上げた端を器用にくるりと回してから放り投げる。受け取ろうと手を伸ばした青年は、慌て過ぎて取り落としてしまう。苦笑して拾った市丸は、今度はしっかり青年の手の平に乗せた。
「あ、ありがとうございます」
紫煙を燻らせながら、青年が銜えた先端に火を点けてやった。
「えっ、ちょっ!キミ、大丈夫か!?」
一息吸い込んだ途端に、猛烈な勢いで噎せ始めたのだ。眼からは涙を零し、咳込みすぎた顔を真っ赤に染め、灰が舞い散るアスファルトに蹲って苦しみだした。
「だ…だいじょ…で、げほっ」
「全っ然、大丈夫やないやん…」
肩を竦めて咳込む青年を呆れて見下ろしていたギンに、周囲から幾つもの痛い視線が突き刺さる。お前の知り合いだろう、何とかしてやれ、と責め立てているのだ。市丸の正面にいる中年のサラリーマンに至っては、目だけでは気が済まなかったらしく、口まで「兄ちゃん、あんたが責任取って介抱してやれよ」と動かしている始末だ。
(んなこと言われてもなぁ…)
辺りを見回して飲料の自販機を探す。と、そこで、市丸は青年の飲み物の好みさえ知らない事実に行き詰ってしまった。
「何か飲んだ方が早う落ち着くやろ、何飲みたい?」
息苦しさで潤む碧い瞳が市丸を見上げる。服装や平らな胸、目立たない喉元には女性にはない僅かな膨らみもある。どう見ても青年としか映らないのに、何故か胸が高鳴った。
「え!?な、何?」
口許を拭っていた青年が、小さく何かを呟いたのだ。屈んで耳を寄せてみる。
「ご…ご免なさい…僕、実は煙草吸ったことないんです…」
「……は?」
―貴方に話しかける切っ掛けが欲しくて、つい
青年の髪の感触を頬に受けながら空を見上げる。夕暮れの陽が足早に沈んでいく反対側から濃い闇が広がりはじめていた。今夜は冷え込みそうだなと独り言ちて、市丸は青年の腕を取って立たせると、肩を貸した。
「ほな、名前くらい教えてくれへんかな」
名前を呼べないと何かと不便だから、笑いかけた市丸から青年が慌てて視線を逸らす。目で追い、同じ銘柄の吸えもしない煙草を買う一途さ、初めての煙草と緊張で噎せてしまう不器用さと、反応の初心さが愉しくて仕方がない。
「名前、教えて。可愛らしいストーカーさん?」
「……。」
「照れ屋さんで意地っ張りか。良ぇな、気に入った」
瞠目する青年に市丸は片目を瞑ってみせた。
「三日以内にボクのこと好きって言わせたるから、覚悟しときぃよ」



2012.12.3

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ