ギンイヅ詰め合わせ

□キスの味
1ページ/1ページ

イヅルは背を向けたまま屈みこんでいるギンの正面に回りこんで銀色の後頭部を見下ろす。
「火、点かないんでしょう?」
ライターが空しく火花だけを弾けさせる様に、イヅルは空を見上げて溜め息を吐いた。微かに瞬く星空を雲が流れていく。今夜も風が強い。衿を立てて膝を折った。
「ん?ん…」
咥え煙草で、ギンがイヅルの様子を窺う。いつもは見上げる自分にギンが上目遣いになるこの瞬間がイヅルは好きだ。…本人には口が裂けても言わないけれど。
揃えた膝の上に両手を置いて、ギンが悪戦苦闘している様子を見学する。時々煙草を咥え直すのはフィルターが唇に張り付くから。歯で軽く固定され、オイルの残りを灯りに照らす間ずっと上下に揺れる煙草、何度かチャレンジして落胆する時の表情…。どれも見慣れているが、嫌いではない。
「だからジッポ贈りましょうか、って言ったのに」
「要らん。イヅルから貰ったもん、落としたり失くしたり出来ひん」
「落として失くす前提なのもどうかと思いますけど…」
再び咥え煙草で百円ライターと格闘しはじめたギンは、突然正面から伸びてきた手に目を瞠った。
「風。こうすれば少しはマシでしょう?」
ギンの手を覆うように、イヅルが包み込む。ライターを持つギンの右手、に被せられた左手。その上から包み込むイヅルの両手の中で、細長いオレンジの光が灯った。
「おおきに、イヅル」
煙から逃げるように立ち上がったイヅルは、ポケットから簡易灰皿を出してギンに向けて放った。
「ちゃんとそれに捨てて下さいね」
煙草にもライターにも用がないイヅルだが、ギンと逢う時は必ず携帯の灰皿を持ち歩いている。
「どれだけ身体に良くないって言っても聞いてくれないんだから…」
靴の先でアスファルトを蹴るイヅルの前を白い指に挟まれた煙草が通り過ぎ、反対から回ってきた腕に抱き竦められた。
「やって口寂しいんやもーん」
「そ!それは市丸さんが所構わず僕にっ…僕に…」
顔を真っ赤にして声を荒げたイヅルから体を離し、ギンは旨そうに紫煙を空に吐き出した。イヅルを振り返ると、殊更ゆっくり煙草を咥え、離した。
「うん。あんま人前でちゅっちゅされたら困るんやろ?」
「あ、当たり前ですっ」
拳を作って盛大に怒るイヅルの頭を軽く叩き、ギンは吸いがらをしまった灰皿をイヅルの手に握らせた。
「やから大目に見たって。ボクも我慢しとるんやし」
前髪の上から額に煙草の匂いがする唇を寄せ、ギンはイヅルに今夜は何を食べに行きたいか問う。ギンの後を小走りで追いかけながら、イヅルは心の中で今日も繰り返す。
―煙草の煙も臭いも嫌いだけれど、煙草の匂いがする貴方のキスは嫌いじゃないんです…


2012.10.20

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ