ギンイヅ詰め合わせ

□オトモダチから始めよう
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ネクタイを緩めたイヅルは、抜けるような青空へまっすぐに上っていく煙を見上げていた。
「良い人、か…」
気さくで明るい人柄だった。良い人ほど早く逝ってしまう、というのは強ち俗説ではなかったのだ、と顔を上げた。学生時代の付き合いで参列しただけとはいえ、一抹の寂しさから催した涙が零れてしまいそうだからだ。
「これからどうしよう」
遅めの昼食を食べに行こうか、それとも煙を追って気の向くままに散策でもしようか…
当然ネクタイは外すとしても、いかにも喪服ですと云わんばかりの黒いスーツで入店できそうな飲食店は見当たらない。イヅルは枯れ葉の舞うアスファルトに一歩踏み出した。
「キミ、さっきの式場に居った子やろ?」
いきなり後方から腕を取られ、イヅルは多々良を踏む。驚きに眉尻を上げて振り返ると、息を切らせた銀髪の男が立っていた。
「そうですけど」
「ボクと付き合うてみぃひん?」
「…不謹慎です。故人に申し訳ない、とか思わないんですか」
とにかく何処かに座って話さないか、とイヅルをベンチに誘った。男は首元に巻いたアスコットタイを外し、細かいことを気にするような男ではなかった筈だ、と懐かしそうに呟く。深く息を吐いてから背凭れに両腕を乗せて空を仰いだ。
「占いで出逢いがある、て出てん」
近いうちに顔を出さなければ角が立つ義理の葬儀がある。そこで一人ぽっち手持無沙汰にしている人物と出逢えれば…、そんな内容のものだった。占いを知った当時は、誰なのだろう、いつなのだろう、と気に病みもしたが、所詮は占いだと信じていなかった。だが、社内通知が届いた。急に占いの存在を思い出した。不確定要素は多いし、未だに信じられる類の話でもない。けれど、お節介なお人好しで有名だった故人なら、飲みに連れていく度に独り身を案じてくれた彼ならば、新しい出逢いを用意してくれているかもしれない、と賭けてみる気になったのだ。
「亡くなられた方とのご関係は?」
「入社してきてすぐの指導係。半年間だけ、な。結構なつかれとった。キミは?」
大学のゼミが同じだったから仲間内で参列しよう、という話になっただけで、特に親しかった訳ではない。それでも二度と会えないのだと実感してしまうと、イヅルの胸に空っ風が吹き抜ける。埋めたいと切望するほど大きな穴ではないが、記憶から一人の存在が欠ける隙間を満たしてくれる出逢いが用意されているのなら、乗ってみるのも供養の一つかもしれない。イヅルは亡き友人に向けていた関心を目の前の男に移した。
「そうだ、さっきの続き。出逢えれば、何なんですか?」
「さぁ?」
続きは忘れてしまった、とからから笑った。出逢えたなら付き合ってみるのも一興だ、とイヅルの瞳を覗き込む。
「僕、男なんですけど」
「ボクにもそう見えとる。大丈夫や」
「大丈夫、とか言われても…。それに普通、出逢いとか付き合うって言ったら、女性じゃないんですか」
遠慮がちに絞り出したイヅルの言葉に、男は閉ざし気味だった眼を見開いた。初めは一人でいる女性を探していたのだが、どうしても見付からない。一人で立ち竦んでいたのは華奢な青年だけ。帰ってしまおうか、と何度も考えていたことを見透かされたような気がしたのだ。
「いや、一緒にご飯食べるとか会わん間のこと話すとか、ボクが言うとんのはそういうお付き合いなんやけど」
それでは丸っきり友達付き合いではないか、とイヅルは安堵の溜め息を吐いた。と同時に堅苦しく考えていた自分が恥ずかしくなった。
「気が向いた時に連絡して、予定が合えば何処かへご飯を食べに行ったりお喋りしたり、で良いんですね?そういう意味でのお付き合いなら、僕的には全然問題ないです。っていうか此方こそ宜しくお願いします」
たぶん自分の方が教えてもらったり相談に乗ってもらうことが多くなりそうだ、と年上の友人候補に頭を下げた。堅苦しい挨拶はなしだ、と苦笑されて顔を上げる。余裕のある大人な男ぶりを改めて眺めているうちに、イヅルの頬が熱くなっていく。
「うっわ…その辺の女の子よか可愛」
「ななな何ですか、その可愛いって!訳分からないこと言わないで下さいっ!」
動転して立ち上がった弾みで落ちたイヅルのネクタイを拾うと、男は片手で器用に巻いてから手渡した。
「ま、とにかくオトモダチから始めましょう。な?」


2012.11.16

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