ギンイヅ詰め合わせ

□背比べ
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「背が高くなりたいです」
「……は?」
唐突に切り出したイヅルの願いに、数歩前を歩いていた市丸は何もない所で蹴躓きそうになった。返事もワンテンポ遅れる。
「どうしても見上げなきゃならないから首とか肩が痛くなるんです」
今度の週末は肩揉みでもしてやるか、と市丸は横を通り抜けて先に立ったイヅルのつむじを見下ろした。男にしては細い肩、歩調に合わせて見え隠れする華奢で白い項。すぐに凝るのも仕方ないだけの条件を揃えているように映る。
「だいたい何だってそんな無駄に縦方向にだけ成長したんですか?」
「む…無駄に?」
『たまにはイヅルの方からキスして欲しい』と、ほんの少しの我が侭を言っただけなのに…、と市丸は愚痴を零した。恥ずかしいなら恥ずかしいと素直に言えばいいだろう、と耳まで真っ赤に染めたイヅルを揶揄ったら思いがけない方向から反撃されてしまったのだ。
「家じゃドアだって普通に通れてないじゃないですか。だから無駄なんです」
自分の頭頂に乗せた手の平を僅かに下方修正しながらギンの胸元まで移動させて、「せめてこれくらいまで縮んで欲しいです」と市丸を恨めしそうに見上げる。
「いや、それ同じ高さやんか」
「僕、とっくに成長期すぎてますし、成人男子の平均身長ですよ?だから僕より12cmも高い市丸さんが縮むべきです」
せめてこれくらい、と市丸が眉の高さに手の平を伸ばしてもイヅルは譲らない。ここまで縮んでくれ、いや、これくらいで妥協してくれ、と往来の片隅で言い合っている。
(ん?)
歩行者信号が幾つも変わる時間をかけて、本当に少しずつイヅルの提示する高さが上がってきていたのだ。市丸を見上げている目許も、僅かだが朱に染まっている。
(も、もしかして泣く?泣くんか!?)
「こんなお願いしてるのに縮んでくれないなら…」
いじらしさに絆されそうそうになるが、無理なものは無理だし、そもそも一度でもお願いされただろうか、と市丸が一瞬気を抜いた時だった。
ぐいっと強い力で衿を掴まれたと思った瞬間、唇に暖かい感触が当たった途端に離れていったのだ。
「…あの…イヅルさん?」
当のイヅルは、既に早足で立ち尽くす市丸から逃げ出している。急いで追いかけて腕を取った。振り向かせた顔は茹でたての蛸より赤い。
「ち、縮んでくれないんだったら屈んでもらうしかないでしょう!?」
抱き寄せるには丁度いい高さにある淡い金色を撫で、市丸は小さく「おおきに」と呟いた。


2012.11.30

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