ギンイヅ詰め合わせ

□今夜も元気に痴話喧嘩
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その気になった市丸に堕とせない者はいない。戦績はほぼ百発百中。今日の子もそこそこ可愛かったな、などと先刻まで繰り広げていた濡れ場を思い浮かべながら不謹慎な笑みを浮かべ、市丸は三番隊舎を目指す。
「ただーいまっ、イヅル」
襖を開けて声を掛けるも、イヅルは何も答えない。
「ただいま、て言うとんのが聞こえへんの?」
「……。」
机に向かって無言を貫いている。背中が怒り狂っていた。市丸はしばらく柱に凭れてイヅルの返事を待ってみたが、室内を支配するのは静寂のみで、時おり本のページを捲る音が響くだけ。
「なぁ、て」
「何ですか」
「何、怒っとんの」
「怒ってません」
続かない会話より無視されることに耐えかねた市丸は、イヅルに近寄って強引に振り向かせた。情けなく垂れた眉の下で潤む瞳は、先ほどまで泣いていた、と雄弁に語っている。
「今まで誰と何処で何をしてらっしゃったか、僕が気付かないとでもお思いですか…」
その気になった市丸に堕とせない者はいない。戦績はほぼ百発百中。だが、機嫌を損ねた時のイヅルを前にした時だけ勝率を五分に下げる市丸は、何とか御機嫌を直してもらおうと試みた。
「ほしたらイヅルもボク以外の誰かとヤってきたら良ぇやん。たまには新鮮…」
黙ってギンを見詰めていたイヅルの瞳に涙が溢れ、青白い頬を一筋流れ落ちた。
「先ほどまで市丸隊長の相手をしてたのが誰か知りませんけど、僕が同じように誰にでも簡単に足を拡くと思われてるとしたら…心外です」
「あー、いや、その…」
イヅルが抱かれる立場を自負しているのは市丸の努力の賜物。一途に想われている証しでもある。だが、市丸としても浮気しているつもりはないから、責められると妙に腹が立つ。
「済みません、そんな気分にはなれないんです。…今夜はお引き取り下さいませんか」
声色に涙を滲ませ、イヅルが市丸から顔を背けた。
「待ちぃ、イヅル。いつ誰がヤりに来た、言うた?」
顔を見たくなったから立ち寄ったのだ。怒らせると分かっていても、一目イヅルに逢いたかっただけなのだ。なぜ分かってくれない、と逃げを打つイヅルの腕を取って、市丸は自分の方を向かせる。両肩を掴んで真正面から見据えた。
「やっぱイヅルの顔見ぃひんと落ち着かん。誰とナニしとってもイヅルの顔がちらつくんや…えーっと…やから…その…あの…」
常になく多弁な市丸の早口に驚くイヅルより、自分が話している内容の展開に市丸の方が驚いていた。言い澱んだ市丸を、イヅルが不思議そうに見詰めて首を傾げる。その仕種が市丸のスイッチを入れた。考えるより先に言葉が溢れ出した。
「断然イヅルの方が良ぇて確認する為に違う者抱いとるんや!やから、イヅル怒るやろなー、て分かっとっても此処に足が向くんや……せやから、その…」
イヅルは自分の肩を掴んでいた市丸の手に自分の手を重ねた。途端にこっ恥ずかしくなって口を噤んでしまった市丸へ、少し困ったように微笑った。
「仰りたいことはだいたい分かりましたから、少し落ち着いて下さい。今、お茶淹れて来ますね」
市丸は肩を湯を沸かしに立とうとするイヅルの着物の裾を引っ張った。
「な、イヅル。やっぱシよ」
「はい?」
市丸は手の平を天井に向けて指を丸めた。その指を一本ずつばらばらに動かす。
「ヤりたい言うて、手がわきわきすんの」
照れたイヅルにオッサン臭い発言は止めてくれ、と手近にあった本で殴られた市丸は、しばらく「わきわき、わきわき」と楽しそうに手を握ったり開いたりしていたとか何とか…



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