ギンイヅ詰め合わせ

□『いづにゃん!』打ち水
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「おにはーそとっ、ふくはーうちっ」
――びしゃっ
「……」
季節外れの歌に出迎えられた挙げ句、水まで掛けられてギンは絶句した。
「あ、たいちょ。おかえりなさいです!」
「……うん、ただいま」
暑い日が続いて力なく耳を垂らしていたイヅルに、玄関先に水を打つと気分だけでも涼しくなると教えてから数日。
最初は水桶を運ぶだけで精いっぱいだった。イヅルが桶と一緒に廊下を転がった所為で三和土が洪水になり、涼しいどころか湿気で大変だった。
それからさらに数日。
玄関先で柄杓を持った手を腰にあてて一丁前に何か考えていると思ったら、イヅルは唐突に歌を歌い始めたのである。
『まめまきみたいですね、これ』
ドヤ顔で見上げてくるイヅルに、それは違うとはっきり言えば良かったのだろう。
外と家に向かって水を打つという行為がイヅルに節分を連想させたのは理解できるが、水を掛けられるのは、これで連続一週間。
そろそろ学習してほしいとギンが切実に願いはじめて三日が過ぎていた。
「みずもしたたるええおとこにならはりましたねっ」
「……そ、そうやな」
嬉しくない。褒め言葉……なのだろうが、まったく嬉しくない。
……そもそも『水も滴る』は男に掛かる言葉だっただろうか。
……というか、そんな言葉をどこで覚えたのだろう。
そんな疑問も、イヅルの笑顔の前では簡単に吹き飛んでしまう。
ギンは懐から出した手巾で顔を拭い、イヅルを抱き上げた。
「人が近付いたら止めなアカン、て言うたろ?」
「たいちょいがいのひとんときは、あいさつせなあかんから、やめとりますよ?」
溜め息まじりの注意も、イヅルの理論の前では意味をなさない。
自分以外の人が通りかかった時は水を打たない、ということは……。
「ボクが帰ってきたって気ぃ付いとんの?」
「ええにおいするから、わかるんですっ」
――確信犯かいな……。
この季節、一晩干しておけば乾くとはいえ、これが秋まで続くのは辛い。
どれだけ破綻していてもイヅル理論を崩さなければ、死覇装が臭うようになってしまう。いくらギンが人の目を気にしないタチでも、三番隊の隊長は臭うと噂されるのは勘弁願いたい。
イヅルは連日の生乾きで微妙に臭いはじめた死覇装に鼻を埋めている。
「あのな、イヅル」
「はいっ」
「お豆さんは鬼に投げる、て教えたよな」
「はい、ちゃんとおぼえとります」
「ボクは鬼なん?」
即答がモットーのイヅルが考え込む。
嫌な予感がギンを襲う。
額を突き合わせていても、イヅルの小さな頭の中ではいったいどんな思考が渦巻いているのか、ギンにはさっぱり解からない。
慣れない子育ての中でギンが得たのは、『子供の頭の中はカオス』で、『いつでもビッグバン』が起きているという事実。
顎から滴る水を手の甲で拭いながら、黙ってイヅルの返事を待つこと数拍。
「……だいぢょ、おにやっだんでずが…?」
いやいやいや。
水を掛けられたん、ボクなんですけど。
ちゅうか、そもそも鬼ってどないなもんか知っとるんか?
「いや、たぶん違うな」
「……『だぶん』なんでずが?」
見上げてくる大きな碧い瞳が、大雨洪水警報を発令。
「あ、いや。死神やけど、鬼やない」
「……ほんばに?」
「ほんまに。やから、ボクにも水かけんといてな?」
「はい」
そう。しっかり言い聞かせれば、イヅルは理解してくれる。
ただし大事になってから、だが。
「そうですよね。みずがしたたらんでも、たいちょ、ええおとこやし!」
――戻るとこ、そこなんや……
誰に言われたら嬉しいのか訊かれたら誰も思い浮かばないのに、それでもやはり嬉しくない新米パパ卒業間近なギンだった。

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