パラレル番外地

□お見合いレッドカード
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 小綺麗な装丁が施された表紙を捲り、薄紙一枚を退けると、そこには振袖姿で微笑む女性が写っていた。

 「…恨みますよ、先輩?」

 いわゆる見合写真と云う奴だ。珍しく課に顔を出した経理部長に部長室に誘われ、ソファと茶を勧められた。言い出し辛い出張の辞令だろうか、とイヅルは身構えていたが、待てど暮らせどなかなか本題を切り出してくれない。痺れを切らしたイヅルが促して漸く取り出されたのが、この見合写真と、普段の姿を写した数葉のスナップ写真だった。

 「先輩が断ったからって、どうして僕にお鉢が回されなきゃならない?…理不尽すぎる…」



 もとは企画に来た話で、営業を経由してから経理に回ってきたのだ、という。他のどの部署を見回しても、イヅルの知る範囲で三十代の課長は他には居ない。四十代にターゲットを上げる訳にもいかず、二十代に下げたからイヅルに話が回ってきたのだろうが…

 「どうやって切り出したものやら…」


 部長は断って構わないと言っていたが、簡単に断れる筋から来た話ではない、と見合い釣書が雄弁に語っていた。実際に会ってみてから、その上でご縁がありませんでした、と後ほど通牒を突き付ける役目は、イヅル以外には務まらないと見なされたのが理解出来てしまうだけに、他の課長補佐でも良いではないか、とはとても言い出せなかった。

 「だいたい部長がわざわざ足を運んで呼びに来た時は、碌な話だった例はないんだから…」

 問題はギンにどう説明するか、だ。隠し事はしない約束だ。過去ではなく、『これから』に限定されているが、断る前提の見合話でも、ギンに話さない訳にはいかない。

 「困ったなぁ…」


 因みにギンもイヅルには何も隠さない。本人が綺麗さっぱり覚えていないだけだ。イヅルには責められない。同席した若の発言からイヅルが推測した結果、大学構内で、駅のホームで、かなり食事やデートに誘われたりしたりしている様子だが、ギンの記憶に一切残らないのだから、勇気を振り絞って声を掛けた者を憐れに思うことはあっても、イヅルにはギンを責める気にはなれない。どちらかといえば、ギンを誘ったのが男だろうが女だろうが、全く記憶に残らないのは如何なものだろう、と今後が心配になってくる始末だ。


 一先ずイヅルが悩まなくてはならなくなった原因の片棒を担いだ人物に、猛毒スパイスの効いた愚痴を吐くために、イヅルは営業課の尻拭いで回ってきたばかりの、手付かずで放っておいたファイルを手に取った。


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