パラレル番外地

□フンドシぱんつ
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「こ…これは何かな?」

 夕食の後片付けを済ませたギンが差し出した大きな包みを覗き込み、イヅルは瞬時に固まってしまった。「1」や「2」といった割引シールがちらほら見える。特売日を狙って大量に購入してきたらしいとは分かるが、問題は中身だ。一番上にあった商品がちらっと見えた途端、嫌な予感がイヅルに押し寄せてきたのだ。

「クールビズ用の下着です。そろそろ暑い日ぃもあるか、思て買うてきたんです」

「う、うん。ありがとう…」

 一応イヅルは素直に礼を述べた。だが、しっかり手に取って実物を確認する勇気が起きてくれない。一番上から顔を出していた物が見間違いであってくれ、と祈るように目を閉じてみる。ギンはそんなイヅルの願いを無視して床の上に中身を広げた。

 イヅルの手元に、先ほどの一品が滑り寄ってきた。おそるおそる摘まみ上げてギンに訊ねる。

「……えっと、こ、これは?」

「ステテコぱんつ。ハーフパンツもあったんやけどね、吸水速乾性が違うんやって」

 初めて見たのならデザインに驚くかもしれないが、スラックスに汗が染みないし老父も愛用していたから穿き心地に問題はない筈だ、とギンが熱弁を始めた。他にも休日用に買ったというクレープ地で前ボタン付きのシャツ、スキューバダイビングに行けそうな超フィット下着の上下セットetc.etc.…。ギンから良い物だと勧められれば、イヅルには首振り人形と化すしか残された術はない。

 アロハシャツ+ハーフパンツ出勤というスーパークールビズは、イヅルには敷居が高すぎる。夏が近付く度に、ギンはインナーで涼しさを演出しようと頑張ってきた。ところが今年は少し雲行きが怪しい。気合を入れて掛からないと、ギンに上手く丸めこまれてしまう。イヅルは自分のペースを取り戻すべく立ち上がった。

「その前に、ちょっと風呂…」

 ドアノブに手を掛けたイヅルをギンが呼び止めた。

「ほんまは一回洗うてからの方が良ぇんやけど、穿き心地確かめてみて欲しいから」

 イヅルの背後でパッケージを破る豪快な音が響く。最初に包みを渡された時より強い恐怖に近い感情に、イヅルは振り向くことさえ出来なくなった。

「な…何を穿いたら良いの?」

 満面に笑顔を浮かべたギンが、イヅルの胸元に一枚の下着を差し出した。

「ハイレグ?」

 見て思ったままを口にしたイヅルに、ギンの表情が固まった。その視線が「ハイレグを愛用するような女とも付き合ったことがあるのか」と詰問している。男物でもビキニタイプの下着はある。それは女性に対する偏見だと教えるより先、地雷を踏んでしまった以上、イヅルには被害を最小限に抑える義務があった。

「あ、いやね、本当にメンズなのかなって思ったから。こんなデザイン、褌くらいしか思いつかないし」

 ギンの手から下着を抜いたイヅルは、前から見れば褌でしかないが、後ろはしっかりカバーされているデザインだと気付いた。何度も表裏と返してみて、その機能性の高さに驚いた。

「へぇ、良いね、これ。特に横が涼しげなのが気持ちよさそう」

 一枚しか買わなかったのだろうか、とイヅルはギンの肩越しに下着の山を振り返ってみた。パッケージだけでは分からない。褌パンツを大事に持ったまま、イヅルはビニールの山の前で膝を折った。

「あ、良かった。洗い替えも買ってくれてあったんだ」

 身を固くしてイヅルを見詰めていたギンの前に立ち、ひらひら褌スタイルの下着を振ってみせる。自分自身より大切に想っているのに、イヅルの不用意とはいえ、たった一言で疑われてしまった。ギンに想いの丈を知らしめる名目で抱き潰してしまいたい、という意地の悪い感情がイヅルを支配する。

「ねぇ、知ってる?褌って締め付けないし通気性が良いでしょ?そうなるとね、ムレて熱を持たない分だけ精嚢が活発に働くの。その意味、分かるよね?」

 人に見せる為の下着ではないから、どんなものでも構わない。どれほど古風かつ斬新なデザインでも洗ったり干したりするのは自分たちだし、着用している姿も互いにしか見せない。不服があったのではなく、本当に意表を衝かれただけだったのだ。ならば選んで購入してきたギンに、買ってきてもらって嬉しかった気持ちや着心地の良さ、付随効果をその身に直接教えてやった方が早いだろう、とイヅルはギンの耳許で囁いた。

「そ、そないなつもりで買うてきた訳やな…」

「でも、これ今夜から穿いてみた方がいいんでしょ?とてもじゃないけど、僕には自分を抑えられる自信も余裕もないね」

 俯いてイヅルから視線を逸らし、ギンはじりじり後退さった。首から頬まで見事に染まって熟れている。こうなると、イヅルにはギンが本当はどうして欲しいのかを察することが出来ない。言葉や仕種で判断できない時は、いつも躰に訊いてきた。

 イヅルはギンを壁際に追い詰めて体を密着させてみた。微かな兆しを腿で更に刺激してやると、ギンは鼻にかかった甘い息を洩らした。

「本当は嫌、じゃないよね?だって…」

 床に散らかった下着の山から手早く目的の品を見付け、イヅルは封を開けてからギンに押し当てた。布地の当たっている部分が際立っていて、異様な卑猥さを醸し出している。ギンが細く吐き出した熱い吐息がイヅルの項を擽って欲を煽る。

「こんな風にした責任、ちゃんと取ってあげるから、僕の方も何とかしてくれないかな」

 せっかくのクールなのだから冷やしてくれなくては意味がなくなってしまう、と首筋を舐め上げながら悪戯っぽく笑うイヅルに、ギンは諦めと身の内を焦がす熱が半々の溜め息を洩らした。

「買うてきて良かったんか、あかんかったんか…。クールビズの意味とか関係ないやん、ほんま…」



2013.4.20
 * * *

テレビのニュースだったかのクールビス特集で『ふんどしNEXT』という商品を観たので。

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