歌舞伎能

□【R18】暑さに用心
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立秋を過ぎ、残暑が厳しい日々が続くある日のこと
朝は姿を見たはずのギンが見あたらず、イヅルは屋敷の中を探していた
仕事は既に終わり太陽は西へと少しずつ傾いてはいるが一日の暑さはまだこれからと言う時刻である
特に何か用があるのかと言えばそうでもない
だがしかし、何か朝からギンの様子がおかしいような気がイヅルはしたのだ
やけにそれが心に引っかかり、イヅルはギンを探し回る
北の対の奥にある風通しの良い場所でその姿を見付ける
銀糸のふんわりとした毛がパタリパタリと六本の尾を振りながらもクッタリと寝転がっている
眠るその姿に一安心しながらも、狐の姿に戻っていることにイヅルは何処か具合が悪いのかと心配をしてしまう
足音を立てぬよう、ゆっくりとギンへと近づき傍らへとイヅルは腰を下ろすと、恐る恐るその上下する腹を撫でる

「イヅルか・・・」

瞼を閉じたままのギンが掠れた声を上げる
やはり、何処か元気のないその声に、イヅルの不安は大きくなる

「あの、旦那様。何処かお加減が宜しくないのですか?」

心配そうなイヅルの声に、ギンは瞼を上げると視線をイヅルへと向けた
普段は人の姿ををしているギンが本性である狐の姿になっているのだ、イヅルの心配は当然かも知れない

「そない心配することやない。ちょっと暑さが堪えただけや。」

そう言って再び瞳を閉じたギンに、イヅルは何か出来ることは無いだろうか思案するが何をして良いやらまったく検討も付かない
確かに、ここ数日のうだる様な暑さはかなり堪えるものであった
夜になっても昼間よりは気温が下がるといっても蒸し暑いことに変わりは無かったのだ
寝てしまったギンに、イヅルはそっと声を掛ける

「あの・・・何か必要でしたら仰って下さい。冷たいお水でもお持ちしましょうか?」

気遣うイヅルに、ギンは片目を開けてその瞳でイヅルを見据える

「今は平気やから、ちょっと休めば大丈夫。なんなら、イヅルもここで一眠りするか?風が気持ちえぇで」

ギンに誘われ、イヅルはギンの横へとコロンと寝転がる
ヒンヤリとした床が気持ち良く、イヅルは寝返りを打つと寝息を立てるギンを見つめた
狐にしては大きなその体は出会った時と変わらぬ銀糸に包まれ、妖狐としての力の大きさが解る六本の揺れる尾は相変わらずゆらゆらと揺れている
そんなギンの姿を見ながら、イヅルもいつしかウトウトと寝息を立て始めるのであった


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