歌舞伎能

□上司×部下シリーズ
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部下×上司(現代パロディ)









コピー機の規則的な音と、職員たちの世間話がいつもの仕事のBGMだった。最近企画部に配属されたばかりの吉良は、その優秀さを買われて、次回の会議でのプレゼンテーションを依頼されていた。
 パチパチとノートパソコンを指先で弾いて、息抜きに一度大きく伸びをする。幸いパソコンは得意だったので、パワーポイントのプレゼンテーションはお手の物だ。

「吉良くん、ご飯一緒に行かない?」

ちょうど昼時だからか、同期の雛森に声をかけられ、吉良は振り返る。特に用事もなかったので、二つ返事でオーケーした。

部署を出て、雛森の「最近新しく出来た美味しいパスタのお店があるの」という言葉のもと、吉良はおとなしく彼女の背について歩いた。

その時、ふと銀髪の長身の青年とすれ違う。吉良は思わず立ち止まり、彼の後ろ姿を見つめた。

彼はこちらを見て、一瞬、微笑んだような気がしたのだ。

「…吉良くん?」
「え、ああ、すまない」

怪訝そうな雛森に急かされ、吉良は小走りで進む。
 彼はいったい誰なのだろう。食事中も、そのことで頭がいっぱいだった。



昼を過ぎ、吉良は、上司に作った企画書とプレゼンのチェックをしてもらった。

「良いと思うよ。あとは部長に最終的なチェックをしてもらって」
「部長?」

はて、と吉良は首を傾げる。何故なら、企画部部長の席はいつも空席だったからだ。上司もそんな吉良の様子を見て苦笑した。

「無理もないか。ウチの部長、頭も切れて容姿端麗、物腰柔らかで男女共に大人気って評判なんだけど、如何せん自由人でさ。席に座ってるトコほとんど見たことないんだよ」
「は、はあ…」

なんという部長だ、と内心呆れたが、上司が発した言葉に吉良は顔を上げた。

「あ、今日は居るみたいだぜ。今がチャンスだ、行ってこいよ」
「はい、…あ」

上司の視線の先、部長の席には、あの銀髪の青年が座っていた。吉良はやや緊張しながら向かう。

「あの、こちらが企画書とプレゼンのデータです」
「はいはい。キミ、新しくウチに入った子?えーと…何やったっけ、吉良クン?」

少し高めの、微風のような声が耳に通り過ぎていく。吉良は異様な高ぶりを覚えながら、小さく頷いた。

「出来る子やなぁ。手際良くて助かるわ」

にこり。
あの時の微笑み。吉良は直感した。


彼に、一目惚れをしたのだと。





“仕事”の順序
(“仕事”と書いて“恋”と読もう)




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