歌舞伎能

□増殖
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隊長命令―
それは伝家の宝刀で、しがない技術開発局員が逆らえるはずもない。
「それにしても馬鹿馬鹿しい事を考えたもんだ。」

三番隊長、市丸ギンから阿近に注文が入った。
内容は、少年、院生、新人、現在、それぞれの吉良副隊長の義骸と隊長にメロメロ設定を施した義魂丸の作成だ。忙しいからと断っても、ぜひにと食い下がって来る。クォリティーにこだわりたいのだと言う。
「だったらウチの隊長に頼めばいいじゃないですか。」
「それは、いやや。」
この人の我が儘は今に始まった事ではない。
「しょうがない、やるか。」
阿近は観念した。

そして…
可愛らしい少年、初々しい院生、凛々しい席官、そしてまるきり今と同じ姿で見分けがつかない副隊長。
この四人がキラキラ潤んだ瞳で迎えに来たギンを見つめている
「どうです?」
「…おおきに。ほんっまおおきに!うっわー最高や!イヅルハーレム!!」
使用目的については大体想像がつくが、阿近は突っ込まない。
「邪魔なんでとっとと持って帰って下さい。」
こんな仕事の事は早く忘れたかった。

一方、執務室に戻ったギンはご機嫌だった。イヅル本体は出張中、今日1日はやりたい放題だ
「ほなキミとキミは仕事手伝ってくれるか?」
副官と席官を呼ぶと、喜んでとにっこり笑顔で引き受けてくれる。書類の受け渡し時、触れた指先に頬を赤らめるのが初々しい。
(ええわ〜!ほんまもんもこの位素直やとええんやけどな〜)
制服姿も懐かしい院生イヅルがもじもじと、僕は何を、と聞いてくる。
「ほな、お茶でも入れてきてもらおうか。」
「は…はいっ!」
パッと笑顔を咲かせて嬉しそうにパタパタと駆けて行く。
「たいちょーっ!ぼくはなにをすればいいですか?」
幼いイヅルもかしこまって、ギンの指示を仰ぐ。
(か、か、可愛ええーっ!)
一所懸命で真面目で、イヅルの美点を凝縮した感じだ。ギンは少年イヅルをひょいと抱き上げて膝に乗せた。
「君はここに居るのがお仕事や。」
「でも…。」
ギンはぎゅうっと抱きしめた。
「あったかいし、柔らかいし、癒やされるわ〜」
「そ、そうですか?」
「うん。」
仕事しろと文句も言わず、口答えもしない。どんなに触っても怒らない。
「イヅルハーレム、最高ー!」
ギンが万歳とばかりに両手を上げて伸びをした時だ。
「…どこがです?」
黒いオーラが入り口からなだれ込んで来た。
「あ…れ…?」
ニコニコとギンに微笑む副官は今机にいる。じゃあ眉間に皺を寄せて睨んでいる、あれは…
「イ、イヅル?戻って来るの明日やったと思うんやけど…」
「向こうでの用事が早く済んだので戻って来たんです。仕事も心配だったし…」
「そらぁ、さすがイヅルやなぁ。」
へらへらと笑って誤魔化そうとするギンに、ただでさえ悪いイヅルの目つきが更に三倍悪くなる。
「何です、これは。」
「え〜、子供のイヅルと院生のイヅルと…」
「見ればわかります。」
「…技術開発局に義骸と義魂丸作ってもろうて…」
「そうでしょうね。で、その費用はどこから?」
「…経費。」
イヅルが爆発したのは言うまでもない。
「あなたは!経費で!こんな下らない事をしてたんですか!どうするんです、今期予算もうカツカツですよ!」
まくしたてるイヅルにギンはなすすべも無い。こういう時は黙って嵐が過ぎ去るのを待つのみだ。
案の定言いたい事を一通り叫び終わるとイヅルは静かになった
「まあ、ほらイヅル。優秀なキミが増えた事で仕事はもう終わったで。」
義骸の副官と席官は書類を揃えながらニコニコしている。
ギンは本物のイヅルの肩を抱いて、耳元に唇を寄せた。
「な?仕事さえ早よ終われば二人で出掛けられるやろ?ええ店見つけたんや。今から飲みに行こ。」
「ええ…それは、まあ。」
よし、イヅルの機嫌は直ったとギンはほくそ笑む。
「さ。」
「はい…。」
甘い雰囲気のまま二人仲良く執務室を去ろうとしたが、ふいにギンの袖を引くものがある。
「たいちょう。どこにいかれるんですか?」
子供イヅルがまだ汚れていない目でギンを見上げている。
(うっわ〜、この無邪気さは凶器やろ!)
形の良い眉を寄せた院生イヅルの瞳は潤んでいる。
「僕らを置いて帰ってしまわれるのですか?」
「そんな…可愛えイヅルを置いていくわけないやろ!」
ギンは院生イヅルを抱き締める
「隊長!」
「隊長、僕達と遊んで下さい!」
「うんうん、当然や!」
「…隊長…」
「イヅルーっ!」
抱き付こうとした手が叩かれた。
「本物?」
「隊長。飲みに行きたいなら、それ全部片付けておいて下さい。僕は今日はもう帰ります!」
「ま、待ってイヅル。」
「失礼します!」
無情にも目の前で扉がバタンと閉められる。
こうなっては仕方がない。
「イヅル…」

ギンは周りを見渡した。
「ほな、みんなでご飯食べに行こか!」

結局イヅルハーレムの乱痴気騒ぎは、キレたイヅルが自分で自分を片付けるまで続いた。



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