立ち読み

□綺羅星
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 数年ぶりに里へ戻ったギンは、旅立ちの日には感じ取れなかった風に気付いた。今までは何処をどれだけ放浪してから戻った後でも、一度足りとも帰還の挨拶に出向かなかった長の館を真っ直ぐに目指す。立ったまま両の手で勢いよく蔀戸を開けた。
「なんや翁、久し振りに帰ってみたら、まぁた忌み子増えとるみたいやないの。ほんまにお人好しやなぁ」
 此処は険しい山を切り拓いて造られた、住むには不便な場所。田畑を耕したり戦事を生業とする者達の世間から隔絶された日本各地に散らばる隠れ郷の要。
 ほんの赤子の頃に捨てられたギンは、情報収集の為に下りてきていた里人に運良く拾われて此処へ連れてこられた。物心つく前からこの里で育ったギンに長への遠慮はない。
「物好きな翁やわ、ホンマに。ボク等みたいなん集めたかてしゃあないやろに…」
 正確には集めているのではなく、自然に集まってきてしまうだけの話である。ギンのように見た目からして異端な子や出生の都合上世間から疎まれて捨てられる子供達は、場合によっては並人を越える能力を有する。その為か流派ごとに点在する忍者達でさえも、皆一様にこの隠れ里へ有望な人材を発掘しに訪れる。
 たまたま読んだ鞍馬山の天狗伝説に惹かれたギンは、いつもの気紛れで五年前に修行と称して里を出た。一度も里に連絡を入れなかった手前、帰郷した足で与えられた庵を畳んで出奔するつもりだったのだが、自分と同じ忌み子の匂いを嗅いでしまったら確かめない訳にはいかなかったのだ。
「ほんで?男の子、女の子、どっちなん」
 将軍家ゆかりの某だかの庶子だが、連枝では外聞もあって引き取れぬ故に御一家に回された。幼少の砌より図抜けた知能を誇っていたが、様々な習い事を始めるようになる頃には噂が広がってしまい、そうなると奇異な容貌を衆目から隠し通せる訳もなく、一度は見捨てた筈の将軍家から御声がかかったのだという。
「お偉いさんらしい都合の良え話やな」
 それが明晰だと評判の頭脳、手蹟の美しさや詩歌といった文芸の才、護身としての剣の腕や身のこなしではなく、姿形の細さや嫋やかさだというから尚のこと質が悪い。それでも将軍家からの依頼とあっては断る訳にもいかず、どんな過酷な要求にも応えてきた里として閨の知識と技術を叩き込んだところらしい。
 黙って耳を傾けていたギンに説明する里長の顔に苦渋が浮かんでいた。
「ふぅん…。ほな、その子ボクが貰っても良ぇやろか?どうせ忌み子なんやろ、急に消えたかて神隠しに遭うたんやぁ、て言い訳出来るやん」
 制止しようとする里長を振り払い、件の人物が控えていると思われる奥の座敷への襖を蹴破った。ギンは驚いた。




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