おやすみ

□まんしんそういであります
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∵成長現パロ注意















朝、悴むような寒さが肌を突き刺す今日この頃
ピークを過ぎたと言っていた寒波も、未だ雪解けを見せるには程遠い
しかし学校の中はそんな寒さを覆すように温かく
暖房設備なんかとっくにガタがきている筈なのに、中に着ていたセーターが煩わしく感じる程に陽気だった

それもそのはず。今日は待ちに待ったバレンタインデーなのだ
校舎裏や階段の踊り場、下駄箱、空き教室、
それぞれの場所でみんなそれぞれの想いをチョコレートに込め意中の相手に渡し合う
勿論それは恋慕としてのものを結びつけるものもあるが、今は友達同士で交換。なんてのも一般的に行われるから
学校の中はそれこそ、持ってきたチョコレートが溶けてしまいそうな程の活気と熱でごった返していた

だからといって僕が今日という日が嫌いなのかと聞かれればそれは否だ
色々な想いを心の中で弾ませながらチョコレートを渡す女の子たちは見ていてとても微笑ましいし
たとえ想いはこもっていない義理チョコであったとしてもお菓子を貰えば普通に嬉しい
だから、不思議なことに僕は生まれてから一度だってバレンタインを憎らしいと思ったことがなかった
そりゃあ女の子から貰う「好きです」の一言が添えられたチョコレートは格別に美味しいだろう
でも、人の想いなんてものはあまりに不確かで移ろいやすいものだから
いつそれが自分に向くか、自分を見てくれるかなんてわからないものを今日一日に絞って望むなんて無謀な話だ
よそはよそ、うちはうちで思い思いのバレンタインを過ごすだけ。ただ、それだけのこと

そしてもうひとつ


「に、二郭くんっ」


そんな風に思えるのは、僕の性格が起因しているのかもしれない


「…えっと?」

「こ、こ、これ!!!」


真っ赤な顔をしてしどろもどろにそう話す女の子。確か、一組の○○さんだ
用具委員の集まりがあったときクラスまでしんべヱと喜三太を呼びに来てたっけ

そんな彼女が差し出したのは、丁寧にリボンでラッピングされた可愛らしい赤い箱だった

ああ、今年もか

なんて頭の隅で考えながら笑顔でその箱を受け取って、蓋を開ける
中にはココアパウダーで体をくるりと覆われた少し歪な丸い形のトリュフたち
ビターチョコで作ったのか、鼻をさす濃厚なチョコレートの匂いの中にはほろ苦さが混ざっている


「トリュフだね」

「う、うん……もしかして、嫌いだった?」

「まさか!」


チョコレートは全部大好きだよ。と答えると
しょげていた彼女の顔は一気に花が咲いたように明るくなる
ああ、やっぱり、恋をする女の子は可愛いなあ
そんな思いを胸の奥で転がして、早速ひとつのトリュフを口の中に放り込んだ


「…」

「…」

「…」

「…どう?」

「少し緩い、かな」

「えっ」


華やいでいた彼女の顔が一変して
びしり、と音でも出そうなくらい強張る


「見たところ生チョコトリュフを作ったんでもなさそうだし、もう少し固いほうがいいと思う
温めた生クリームをすぐ使ったりしなかった?あまり高温度のものを使うとチョコが分離する原因になるんだ
適度に粗熱を取った生クリームにしっかり刻んだチョコを流すと綺麗に混ざってくれるよ
それと、ブランデーを少し入れて風味を付け加えた方がより美味しくなるね
あっそうそう。チョコを丸める前に手を氷か何かで冷やすと上手く丸められるから
それさえできれば言うことなし」


僕の性格、というより、僕の今までの経験と言ったほうがいいのかもしれない
何にせよ僕のいる“あほの二組”はただのだめクラスではなく
顔のいい奴や性格がいい奴など、俗に言う『イケメン』がわんさか居るのでも有名なのだ
そんなクラスにいる凡夫の僕は自然と毎年この日になるとイケメンたちを我が物にしようと躍起になる女の子たちの沢山のチョコレートを運ぶ中継役になり
そして、家庭科部に入っているのがダメ押しして
いつしか彼らに渡す前のチョコの味見、そして改善点を見つける役になっていた

中高大のエスカレーター式で、しかもクラス変えのない学校に入ったのが運の尽き
何年も何年も同じことを繰り返していれば
なんてこと無く、悟りは開けてくるものだ


「庄ちゃんかきり丸に渡すならビターでも平気だけど、団蔵か兵太夫ならミルクのがいいかもしれないね」

「あ、の」

「まだ朝だし、今から調理室で作りなおそう」

「二郭く、」

「ギリギリになっちゃうけど絶対今日中には渡せるようにするから。あ、予備の材料とかって持ってる?」


鞄の中から調理室のスペアキーを取り出しながら○○さんを励ます
いつもみんな一日前とかに来るんだけど、きっと何かしらの事情があったのだろう
大丈夫。その想いは無駄になんかさせないよ。○○さん





しゃがんで鞄の中に手を突っ込んだ刹那
不意に、ぽたりと何かが頬を撫でた


「……っ」




彼女の大きな目からは
きらきらと光る、大粒の涙が




勿論、びっくりしたのは僕の方で
どうしたらいいのかも解らずに、ただわたわたと慌てふためくしかできない


「ぁ、……ごめっ…」

「え!?いや、こちらこそ!?」

「違うの、っ、に、のくるわく、んっは…なにも悪くな…っ」


ぽろぽろと涙を零しながら詰まった声を出す○○さんは
こんなときに言うのは場違いなんだろうけど、すごく綺麗で
赤らんで潤んだくりくりした大きな目を
まるで、触れてはいけない神聖なものに触れてしまったかのような気持ちで凝視する
小さな桜色の唇から嗚咽が漏れ、それを抑えようと口に当てられた細い指先に
思わず、ごくりと生唾を飲んでしまった


「……それ、捨てちゃって?」

「え!?」

「じゃあ、」

「あっ!ちょ、待っ…!!」


そんな邪なことを考えている間にも
小さな体を踵返して彼女は呼び止める間もなく行ってしまった

伸ばした手は不恰好に空中を彷徨って
暖かいと思っていた空気が、一気に肌を刺す冷たさに変わる
一体何がいけなかったのか。どうして彼女は泣いてしまったのか
ただそれだけが頭の中を支配して、一向に現れない答えに頭を悩ませる


「…ん?」


ふと、落とした目線が捉えたのは
片手に持ったままだった赤色の愛らしいトリュフの箱で
その側面に小さなメモ用紙が挟み込んであったのを今知った







捨てるのは忍びないので(一個僕が食べちゃったけど)このまま渡してしまおうと思い、その紙を開いて
僕はやっと、自分のしでかした事の重大さに悲鳴を上げたのだった





















(二郭くんへ)
(ずっとずっと、すきでした)

 

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