おやすみ
□ぱぁん
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蜂の巣をつついたよう、とは、先人も妙に具合のいい言葉を遺したものである
轟々と燃え盛る城下から逃げ惑う人々を見据えそのようなことをこぼせば、後ろに控えている田村は若干の落胆を含んだ声でそんなこと言ってるバヤイですか。などと聞くものだから
泣きじゃくる子の腕を掴み走り去るか細いが何処か芯の通った母親の後ろ姿を見送りながら
そんなことしか言えないバヤイよ。と平気な顔して笑ってやるのだ
弱みをみせるのは御法度。例えそれが自身の一番信用を置く味方であっても違うことなかれ。
それが、あの学園で一番最初に学んだことだったから
「……敵は正面入口の防護壁と南砦の陥落に成功。城下に侵入を開始し、間も無く本殿への攻撃を開始する模様です」
「あら、そー」
「ですが、本殿周囲の敷地には喜八郎が無差別にトラップを仕掛けておいたようなのでここまで上がってくるには些か時間を要すかと」
「綾部は頑張り屋さんだねぇ」
「念の為三階の隠し部屋に滝夜叉丸とタカ丸さんが数人の味方を率いて待機しています」
「何もそこまでしなくていいのに」
「そこまでしなきゃいけないんです」
曲がりなりにも一国の姫なんですから。と先程の仕返しだと言わんばかりの憎まれ口を叩くこの子は中々に強かな後輩である(まぁ別にそこが気に入っているからいいのだけど)
だからあたしもそんな田村に向かってカラカラ笑いながら言うのだ。どっちにしろあたしが死ぬことに変わりはないわ。と
「どんなに厳重に守ってくれたって無駄になる。なら、せめて可愛い後輩たちの命くらいは助けてやりたいと思うのが先輩ってものでしょう?」
「…先輩が犠牲になるとは計画内には組み込まれてませんでしたが」
「そりゃあそんなこと大々的に組み込んだりしないよ」
ただ、敵の侵入を許し国を征服されてもいい。しかしどうしても、殿の妻子だけは逃がしてやってくれ。なんて
そんな条件下で影武者を任されたあたしにできることは火を見るよりも明らかだって、それだけのこと
なりふり構わず森の奥へ逃げ去っていくあの親子の姿が見えなくなった時点で、あたしの任務は終わったも同然なのだ
「田村はここで見送ってくれるでしょう?」
「なら、遺体は私に火葬させてくださいね」
「えっ」
「ご希望はカノコですか?それともユリコですか?」
「うーん…普通に死化粧して菊に囲まれ穏やかに埋葬、って選択肢はないんですかね」
「大丈夫ですよ。カノコとユリコなら死化粧する肉体すら残しませんから」
「あっれーおかしいなー。それあたしが知ってる大丈夫と意味が違うくないかなー」
悪戯っ子のように目を細め綺麗な顔で笑って見せる田村に今度はこちらがやれやれと落胆を含ませる番となった
全く、相変わらず先輩に対する優しさのないやつだ。誰に似たんだか。
「それが嫌なら軽々しく死ぬなんて言わないでください」
「…!」
「護りますから。例え、何があっても」
「…わぁー、かっこいーの」
そうなんだ。この子はずっと、こういう子だったんだった
自分を磨く為なら人一倍の努力を惜しまなくて、そのくせ、自分だけじゃなく周りも美しくなきゃ気が済まない
少しでも周りが離れていきそうなら、自分が汚れたって、汗だくでくちゃくちゃになったって、必死に手を伸ばしてくれるような眩しさの塊みたいな子
嗚呼、だから、
だから、あたしは。
「あのとき、素直に縋っていればよかったのかなぁ」
独り言のようにこぼした言葉にはもう返事は返ってこない
落胆を含んだ声も、悪戯っ子のような笑顔も、何一つ無い
でも、これでよかったのだと思う。
「さようなら」
結果的にあたしの任務を遂行できるのなら、
あの、名前も知らぬ親子がこれからも何処かで生き永らえるのなら
これでこの醜い戦が治まるのなら
あの子があたしの想いに、気付かないでいてくれるのなら
「……あーあ。やっぱり、カノコかユリコ、決めときゃよかった」
きっとそれで、良かったのだ
ぱ ぁ ん
(この銃声の意味を知るのは)
(もう少しだけ、あとのお噺)